哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

金剛宗家の能面と能装束展@三井記念美術館のこと

■金剛宗家の能面と能装束展@三井記念美術館のこと

 今日、日本橋三井記念美術館へ、表題の展覧会を見に出かけてきた。そのことについて、記す。

 そもそも、能で面をかけて主役を務めるシテ方という役割には、シテ方五流と言って、観世、宝生、金春、金剛、喜多と五つの流派があり、それぞれ宗家と呼ばれる、家元のような血脈を中心に活動している。今回はその中で、関西(京都)に本拠地を置く、金剛流の宗家(現在の宗家は二十六世金剛永謹)に伝わっている、主に能面の展示である。

 三井記念美術館日本橋三井本館の七階にあり、大小七つの展示室を持つ。これまで何度も足を運んでいる中で、そこまで混雑している印象がないのは、客が少ないというより、その展示の妙にあるような気がしている。今回の展示でも、展示室1に入っていくと、独立したガラスケースに、一、二点の能面が、ゆったりと展示されている。行列をなして流れながら、順番通りに鑑賞するのではなく、広い通路を自由に歩きながら、空いているガラスケースから見ていくことができるのだ。一方で展示室4以降は大きなガラスケースに能面、扇、能装束がずらりと並べられており、それを端から順番に鑑賞していくこととなる。

 今回の目玉は、秀吉が愛蔵し、雪月花の愛称で知られる3面の小面の内、雪、花の2面が展示されていることであろうか。ちなみに、雪は金春家に下賜されたのち、現在は金剛家が所蔵、花は金剛家を経て、現在は三井記念美術館蔵、月は徳川家が所蔵していたが、現在は焼失しているようだ。また、三井記念美術館の所蔵であるが孫次郎のオモカゲと言われる、作者孫次郎が妻の面影を想って打ったという面も見どころであろうか。

 ともかく、そういった主眼となりそうな面は展示室1でゆったりと配置され、詳細な解説がついている。その後は展示室4、5の能面については、それぞれに解説がついているので、のんびり歩きながら、順番に一つ一つを確認し、最後の展示室6、7の扇、能装束については、解説も簡潔になり、ささっと通り過ぎることができる。そんなメリハリのある展示のストーリー作りが、三井記念美術館の良さであり、そんなにごみごみしない秘訣ではないかと感じている。

 さて、私は能楽をはじめ、様々な舞台芸能には関心を持ってはいるが、こうしてみると、やはり美術品のほうが好きなのだなあ、と自分の気持ちに思い当たるのである。こうした能面というのは、室町時代に作られたものが、今も我々の目の前に残っており、演能に使われている。舞台は一瞬のものである。もちろん、その神髄は、室町時代観阿弥世阿弥の時代から脈々と受け継がれているものである。しかし、そうはいっても、その時その時で、観者の目の前で作り上げられ、消えていくのが舞台である。一方、能面のようなものは、傷つき、色褪せながらも、確かに室町時代の作り手のぬくもりをそこに内包し、それに触れた数々の能楽師たちの思いを乗せている。古の絵画、仏像、そいった美術品と能面はそういう意味で、同じである。そういったモノとしての歴史が、私にとっては美しく感じる。そういったモノに価値を見出してしまう私は、舞台の一時の儚い美しさを愛することができる人よりも、俗な人間なのだろうと思う。しかし、そのような、舞台表現を支えているのは、こうして何百年もこの世に存在し続けている、モノとしての能面である。

 そういうことを考えた展示会であった。開催は9月2日(日)までです。ご興味がありましたら、是非足をお運びになり、幽玄の世界に浸ってみてはいかがでしょう。

 

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