哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

リアルじゃんけん2018

f:id:crescendo-bulk78:20180914165016p:plain■リアルじゃんけん2018

 

 

『じゃんけん合戦統一規則』 

第一章【基本ルール】

1.各プレイヤーは20を持ち点とする。

2.じゃんけんをする。

3-1.あいこであった場合、各自はaを持ち点から減少させる。

3-2.aの基準値は1とする。

3-3.改めてじゃんけんをして、またあいこであった場合、各自はa^nを持ち点から減少させる。

ただしnはあいこが連続して発生した数とする。

4-1.勝敗がついた場合、敗者はbを持ち点から減少させる。

4-2.bの基準値は3とする。

4-3.改めてじゃんけんをして、勝者と敗者が入れ替わらなかった場合、敗者はb^mを持ち点から減少させる。ただしmは連続して一方が勝ち続けた数とする。あいこはノーカウントとする。

5-1.以上を繰り返して、持ち点が0となったものがアンダギーとなる。他方のプレイヤーはサーターとなる。

5-2.アンダギー以外の講の参加者はアンダギーに向かって、アンダギーアンダギーと言い、アンダギーを指さす。アンダギーはナハナハと言う。以上を1ゲームとする。

第二章【特集能力】

6-1.各プレイヤーは以下の特殊能力を、1ゲームに一つだけ使用できる。事前にどの能力を発揮するかは宣言をする必要はなく、ある能力を最初に発揮した時点で、以後はその能力一種類しか使用できなくなる。

6-2.能力の発揮は宣言による。例えば以下で説明するグーチャンプルーについては、グーで勝利した直後に、能力の発揮を宣言することによって、未来に向かって能力が発揮される。同じ1ゲーム中で、すでにグーで勝利した場面があったとしても、その時点に遡っての能力の発揮はなされない。ただしイナカチョキのみは、技として田舎チョキを出した時点で、自動的に能力が発揮される。

6-3.レフェリーはプレイヤーの力量等を踏まえて、使用を禁ずる特殊能力を設定し、ゲーム開始時に宣言をすることができる。

7-1.グー(チョキ/パー)チャンプルー(グー(チョキ/パー)の遣い手)。この能力を有する者が得意とする技でじゃんけんに勝利した際の、敗者の持ち点の減少値がb^m+1となる。

8-1.ジーマーミ。この能力を有する者は、じゃんけんでグーを出すたびに、その勝敗結果にかかわらず、持ち点が1上昇する。

8-2.ただし、持ち点の最大値は30とし、持ち点が30の場合は、この能力は発揮しない。

9-1.イナカチョキ。この能力は1ゲーム中に一度しか発揮できない。じゃんけんの技として田舎チョキを出した際に発揮され、以下の効果をもたらす。

9-2.相手の出した技が田舎チョキであった場合、両者は田舎チョキと田舎チョキとを合わせて、親指と人差し指で長方形を作る。その後、両者は川を渡って無言で帰宅する。

9-3.相手の出した技がチョキであった場合、田舎チョキを出した側は持ち点を30点減少させる。

9-4.相手の出した技がグーであった場合、相手の技がパーに変更される。

9-5.相手の出した技がパーであった場合、相手は持ち点を30点減少させる。

10-1ソーキ。この能力を有する者は、あいこの際の相手の持ち点の減少の基準値がa=2となる。

第三章【結末】

11-1.3ゲーム経過毎に、各プレイヤーは最大2時間の休戦を宣言することができる。

11-2.レフェリーは1ゲーム目の終了後いつでも、1ゲーム目のサーターがチャンピオンであると宣言して、講を解散させることができる。

11-3.講の参加者1人以上の発議により、以上のルールによらず、通常じゃんけんの勝者を、じゃんけん合戦のチャンピオンと見なすことができる。

 

 

『リアルじゃんけん』

 世界からじゃんけん合戦が消えて久しい。その昔、貴族からそこいらの農奴まで、皆がこの戦い、ゲームであり、儀式に熱狂したことを、今や記憶しているものさえ、少ないのではないだろうか。今でいう東南アジアから、琉球経由で平安時代の日本に渡来した仏教僧ピュイサンス・チューヴァ。彼がユーラシア大陸各地の関連文化を研究し完成させたじゃんけん合戦統一規則は、今の日本にも生き続けている。もちろん、じゃんけん合戦そのものを行っている姿を目にする機会はあまりない。それは一部の集会所や、会員制の飲食店などで、ひっそりとおこなわれているのである。しかし、これを読んでいる人の多くは、じゃんけんは知っているだろう。じゃんけん合戦統一規則には、その付属で通常じゃんけん統一規則が存在していた。そこでは今は失われてしまっているが、じゃんけん合戦の基礎となる、今普通に我々がじゃんけんと呼んでいるもののルールが規定されていた。しかしその通常じゃんけんは、あくまでじゃんけん合戦の一要素に過ぎなかった。通常じゃんけん一回で勝った負けたと、現代人が一喜一憂させられるのは、じゃんけん合戦統一規則11条3項の規定による。ゆえに今でいうじゃんけん、通常じゃんけんは、見識ある人々からは11条3項じゃんけんと呼ばれたりもしている。ともかくこの物語は、そんなじゃんけん合戦がまだ盛んにおこなわれていた、鎌倉時代の後半が舞台である。

 

 その日、サンクトニシイケブルクウエストゲートボールパークでは、前代未聞の十人じゃんけん合戦が行われていた。その開催を聞いた八五郎熊五郎のおったまげたことと言ったら。通常、じゃんけん合戦はその点数計算が複雑であり、一対一が基本である。十人のプレイヤーが勝手に戦いを始めては、どんな名レフェリーでも試合をさばききれないのではないか、と。しかし、その難局に挑むレフェリーがあった。ゴール・デンフィッシュと名乗る、筋骨隆々のたくましい男である。彼のもとに、十人のじゃんけん合戦の猛者が集まったのである。中でも西新宿から来た木原氏は、一等自信があった。なにしろ西新宿では、15戦無敗であった。

 ふふ、俺を差し置いてチャンピオンになるなんて無理だろう。そう木原氏が思っているそばから、戦いは始まっているのである。参加者が多いことを踏まえ、あいこや負けの際の持ち点の減少を緩やかにする旨が、ゴール氏から宣言された。じゃんけんぽん、あいこでしょ、あいこで……、参加者10人という多人数戦ゆえに、序盤はあいこが続いていた。ぐう、ぐはっ、木原氏は己の身がダメージを受けるのを感じ、ハッと辺りを見回す。西浦和の暴れん坊、西浦氏がニヤリとほくそえんでいた。西浦氏は考えた、10人となればそうそう、勝負がつくものではない、それならばとソーキの技をひたすら磨いたのである。この技は攻撃力は弱いが、的確にじんわりと相手の持ち点を削ることができる技だ。ふふ、いわば兵糧攻めだ、さあ大分こいつらの点を削ってやったぜ……。あいこでしょっ、西浦氏木原氏他四名がパーを出したのに対して、西麻布からきた紅一点おみつはチョキを出していた。うふふ、あたしはチョキの遣い手、チョキチャンプルーよ。ぎゅいーーんと、はさみの波動が西浦氏を襲った。それだけならともかく、他の三名のチョキも西浦氏を襲い、西浦氏はあっさりと脱落し、アンダギー第一号として倒れこんだ。

 けけ、みっちゃんもえげつないことをするぜ。そう思っていたのは西船橋の若武者テツオであった。テツオは鉄壁の守りジーマーミの遣い手だ。グーを主体としたプレイスタイルで、あいこの間に、皆がじんわりとダメージを受ける内にも、同時に回復をすることで、体力の減少を避けていたのだ。これだけのプレイヤーが潰しあいをする中で、大切なのは決定力よりも持久力だぜ。テツオはこまめにグーを出し続けていた。しかし、その場に残る誰もが気が付いていた、テツオがジーマーミを習得していることは。だから次の瞬間、テツオのグーに対して、8つの張り手の波動が飛んできたのは、ある意味では当然なのかもしれない。ぐちゃっ、めちゃっ、あずだびらぽけらーーーん、テツオは情けない音を立てて弾け散り、戦線を離脱した。

 その後も、熱戦は続いた。目立っていたのはやはり、西新宿の木原氏だ。圧倒的なグーチャンプルーの連打で、高い攻撃力を示し、またじゃんけんに負けても、たまたま負けたプレイヤーが多く、攻撃の波動が飛んでこないといった運の強さもあり、終始優勢な試合運びであった。オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、彼の拳の前に、一人また一人と、アンダギーの山が築かれていった。もう一人、体力を温存していたのは、西日暮里の黒い影、トップロード氏だ。彼はひょろりとした痩せ男ながら、徹底した読みで、致命的なじゃんけんの負けがなく、試合運びのうまさを感じさせた。そしてついに、砂塵吹き荒れる闘技場の真ん中に、レフェリーのゴール氏を挟み、たった二人で対面することになった。

「よう、トップロードか。大した技もない割に、良く残っているじゃないか」まず挑発をしたのは木原氏だ。何しろ相手は、これまでクレバーな戦いぶりで、ここまで残ってきている。冷静さを失わせれば勝てるのだ。

「ふふふ、木原君。よく生き残りましたね。さあ、お手合わせ願いましょう」トップロード氏は相変わらずの冷静さでそう答えた。

「両者、見合って、ファイ! じゃん!けん!ぽん!」ゴール氏の掛け声に合わせて、両者は技を繰り出した。

「俺の得意技グー。これで勝負を決めてやるぜ!」そう叫んで、飛び込んだ木原氏の身体が、トップロード氏の目の前で、ガンっと止まったかと思うと、鋭い張り手の波動に跳ね返された。

「無駄です。すべてあなたの技は読んでいます」とトップロード氏。

「まだまだ、まさか精密機械、トップロード野郎と言えど、俺様が二度続けて、この拳を繰り出すとは思うまい。いくぜっ、グーチャンプルー!」木原氏の拳の波動が的確にトップロード氏をとらえた、そう見えた刹那、次の瞬間には木原氏の拳は己の意思とは裏腹に、パーの形に開かれており、そして先ほどまで一分の隙もなかった彼のファイティングポーズは、両手両足を蛙のように開ききった、ノーガード状態に変化させられていた。そこへトップロード氏の腕先から放たれた、大鎌の波動が静かに、しかし正確に木原氏の喉を掻っ切るように、振り下ろされた。

ぎゃしぇーーーーーーーーーーーっ!!!!!!

 上手く、呼吸ができなかった。木原氏は薄れゆく意識の中で、自分の血の温かさを感じていた。まさか、こんなみじめな負け方をするとは。まさか奴が、イナカチョキを習得していようとは。聴衆が、レフェリーが、トップロード氏が言った。アンダギーアンダギーアンダギーアンダギー。

ナ……、ハ、ナハ、ナ、ハナハ、ナハナハナハナハナハナハナハナハナハ~~~~!!!!

こうして一人の益荒男が、サンクロニシイケブルクの地に散った……。