哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

虎の牙(武川佑)のこと

■虎の牙(武川佑)のこと

 

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●そもそも武田氏とは

 今夏の課題図書は武川佑氏による『虎の牙』『落梅の賦』そして副読本として、平山優氏の執筆監修による、『武田三代』である。私自身にとり、今年2019年は甲府元年であり、1月の初甲府遠征に続き、5月には武田神社での薪能鑑賞と、これまで未踏の地であった甲府に二度も訪れているのである。いや、だから何だという話ではあるのだが、これを機に、武田氏について学ぼうと思い、知人に勧められた武田氏を描いた歴史小説と、歴史ムックを拝読している次第である。

 そもそも武田氏とは、甲府山梨県)に本拠を置いた戦国武将であり、一般には上杉謙信川中島の合戦を戦った、武田信玄が有名である。そして、甲府を国の中心として据え、躑躅ヶ崎館を築き、信玄の時代まで続く諸々の制度を作り上げたのが、信玄の父である信虎であり、また信玄の息子勝頼は、武田氏の領土を過去最大まで広げたのである。

 とはいえ、私が大河ドラマをきちんと見始めたのは、この数年であるが、「真田丸」「女城主直虎」と、小さな勢力である、真田や井伊が、今川、北条、徳川、上杉、そして武田といった大勢力の趨勢に影響されるのを目の当たりにしている故、もはやどの家にも良いイメージがない。中でも武田は、「真田丸」の真田家の領主でありながら、物語序盤にあっけなく織田家によって滅ぼされてしまい、その後の翻弄される真田を見せられるため、ダメな一族と思ってしまう。一方で武田と覇権を争った上杉は、堺雅人を人質としながら庇護し、優柔不断さを見せつつも最後まで豊臣の家臣として徳川と戦う遠藤憲一がかっこよかったので、なんとなく好印象だ。

 閑話休題、ともあれ、そんな武田三代の名将のうち、信虎の時代を描いた『虎の牙』を読了したので、ここに感想を記す。もう一冊『落梅の賦』は武田滅亡の時代の話のようであるから、勝頼の話なのであろうと思うが、これから読みます。

 

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●虎の牙(武川佑)のこと

 この小説の三人の中心人物は、武田家当主である、信虎と、その弟(実は半兄)である勝沼信友、そして家臣である原虎胤である。千葉県民は名前からすぐにわかることであるが、この原虎胤、胤の字からもしやと思われる通り、元は千葉氏に仕えていた人物で、物語ではある呪いの様な出来事で、味方を斬ってしまい、その時に幻の中で出会った太田道灌に導かれ、甲斐にやってくる。太田道灌というと、落語好きにとっては、歌道に暗い人、という認識しかないのだが、江戸城を作った人であり、この物語の中でもなかなかかっこよい存在である。そして信友は、三ツ峰者と呼ばれる、武田の間諜等を助ける山の民であったが、ある時山神の穢れに触れてしまい、山を下り、信虎、虎胤と出会い、また信友が実は信虎の兄弟であることが発覚し、武田の副将となってしまうという大出世を遂げて活躍する。

 もちろんこれは物語である。信虎の弟、信友や、東国から武田の家臣となった原虎胤が当然、いたことはいたのであろうが、まさかこんなファンタジーな呪いや穢れを受けて、三人が出会ったというのは、創作であろう。(詳しくないので、もしかしたら本当にどこかに書かれていることなのかもれしないけれど。)

 とはいえ、そうした三人、特に信友が兄に忠実に仕えて、武田家を守っていく様を描いており、彼はとても人間味があっていいなあと思う。また物語では描かれていないが、信虎は実子である信玄に追放されて、駿河から甲斐に帰還できなくなり、その後は主に京都ですごしたそうだ。一説には、反対に息子の信玄を追放する相談をしに今川家に行ったところを、信玄や留守を任せた重臣のクーデターにあったというから、可哀想な男である。小説では、そうした史実につながるような、信虎の気難しさや厳しさも垣間見ることができる。

 この武田家、そして坂東武者の呪いは、物語では景光穢と称され、肉親たちで殺しあうように、山神たちにかけられたものなのだという。なんとなく、もののけ姫みたいな設定であるが、この時代はそういった穢れの意識が、普通に存在したのであろう。この景光さん(工藤景光)は源頼朝ら一行と共に、富士裾野の巻狩り(遊興や神事祭礼のための大規模な狩りのイベント)において、大鹿を仕損じて、あれが山神だったから当たらんかった臭くない? と言って、翌日に死んでしまった人らしい。そして同じ巻狩りの中で起こったのが、能楽や歌舞伎で曾我物として有名な、曾我兄弟の仇討だそうだ。そんな色々なことが一度の巻狩りの中で起こっているというのが面白いが、これは本筋とは関係ない。

 ともあれ、こうした坂東武者の肉親同士、親子でさえも殺しあう性をテーマに武田家を描いたのが本書である。この時代の歴史は、教科書的には足利氏の室町幕府から織田、豊臣と愛知から関西を中心に描かれることが常であると思う。各地で戦国大名たちが生まれました。それを全国的な規模で織豊政権が、中国地方の毛利氏、関東の北条氏、東北の伊達氏を倒して、統一していきました。というのが日本史のメインストリームである。その時、今の山梨で何が起こっていたのか、ただの歴史の本、文字の上ではわからない、触れられないようなところである。ああ、いつの間にか武田家というのがいて、勝頼が信長に負けて、ふーん、くらいの認識。まったく立体感のない事実としての歴史があって、次のトピックがあって、その隙間は空白になってしまう。そういった歴史の主役がバトンをつなぐ一本の線の周りに、一つの奥行きある空間を作り出してくれるのが、歴史小説であり、本書である。

 前述の通り、登場人物たちの詳細なプロフィールであったり、会話、生い立ち、見えていたものは史実とは異なるかもしれない。しかし、こうして彼らの物語を読み、人物一人一人のかっこよさ、人間味に触れることで、この時代、甲斐の土地、武田の人々に対して一つの、立体的なイメージを持つことができたし、それを足掛かりに、今後無味乾燥な年表の中の出来事でも、色々妄想できるようになったと思うのだ。

 そういうわけで、武川佑氏のデビュー作、面白かったです。もう一冊も読みます。皆様もぜひ。

 

落梅の賦

落梅の賦

 
虎の牙

虎の牙

 
信虎・信玄・勝頼 武田三代

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信虎・信玄・勝頼 武田三代 VRスコープ付き

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