哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

歯科衛生士さんのこと

■歯科衛生士さんのこと

 今日、歯医者さんに行った。

 定期健診の様なもので、虫歯の点検と、歯石除去等をやってもらう。歯科医師が登場するのは、最後に虫歯と思われる部分の最終確認と治療の要否の判断のみで、他は歯科衛生士のお姉さんに対応いただく。結果的に、私は今回は、大きな虫歯はなく無罪放免、三か月後に再訪するようにとの指示を受けたのだが、なんとなく歯科衛生士さんとのやり取りが変だったので、ここに記しておくものである。

 

 まず、月並みな挨拶と初めてお目にかかる歯科衛生士さんであったので、名前を自己紹介いただいて、少しお天気の話をして、席につき、背もたれを倒され、治療に入る。

「はい、口開けまーす」「閉じまーす」、彼女の指示に従って、私が口を開けたり閉じたり、時折、背もたれを起こしてもらって、口をゆすいだりする。開けます、閉じます、というのは、一般的に主語がないと、発話者の自動詞ではないだろうか、と思う。つまり、本来的には彼女が口を、開けます、閉じます、となるはずである。それに目的語として私の口をというものが付けば、彼女が無理やり、私の口を開け閉めする。ということになる。とはいえ、まさかそんなことまでサービスしてくれるはずはないので、私が口を開けます、閉じますであろうと解釈して、私の意思により、口を開け閉めする。

 別に開けてください、閉めてください、とお願いされたいとも思わないが、せめて口を開けろ、閉めろと命令してくれれば、素直に開け閉めするのにと思う。これではまるでお姉さんに催眠術を掛けられて、はーい、だんだんあなたは眠くなる眠くなる、と言われて、私が操られているみたいではないか。ともすれば、まるでお姉さんの意思を私が体現する、私とお姉さんが一つであるような、エロチックな妄想にまで、進展してしまう。そうである、私の口は、もはやお姉さんのものなのである。それゆえに、彼女の、開けます閉めますに、素直に従うのである。これはもはや二人の初めての共同作業である、と妄想が広がる。

 ともあれ、そんなこんなで治療は進む。水圧で歯の汚れをフットバースによる掃除中、「痛くないですか?」とお姉さんが聞いてくる。私は痛くないです、と返答しようとしたが、フットバースの水が、喉ちんこの上に水溜りになっていた。「ごぽっ、ごぽごぽ、ごぽ……」「はーい」痛くないことは伝わったらしい、良かった。歯医者で溺死しそうになっていることは伝わっていないかもしれないが。

 その後、お姉さんが、「気になるところを手でお掃除していきます」と言う。お姉さんが私の口に指を突っ込んで、歯の表面をコリコリして、垢を落としてくれる妄想をしたが、何のことはない、つまようじの親玉みたいな金属製の棒で、ガリガリされただけであった。

 そして、電動歯ブラシで着色汚れ等の掃除にかかる。ここで今日最大の事件は起きる。「夏休みはとれそうですか?」とお姉さん。「ふがふが……、はい」と私。「いつごろですか、お盆とか?」「もごもご……、実は……、先々週……」……、私は、この手の場で話すのが苦手である。担当の髪結師さんは店で一番、雑談をせずに黙々と作業してくれる人を選んでいるくらいである。だから、そもそも無駄話をせずに、淡々と作業してもらいたかったのだが、その上、こちらは歯ブラシを口の中に突っ込まれている状態である。この状態で、世間話をしようという彼女の私への関心が怖い。そうまでして私の夏休みの予定を聞き出して、何になるというのだ。ひょっとしたら本当に、私に惚れているのかもしれない。

 そんなこんなで最終盤、私の胸の上に、エプロン越しとはいえ、口の中の様子を撮影する機材、ヨクトレールをぽんと置いたのは、もはや普通のことなのかもしれない、と思い始める。しかし今考えてみると、全然普通ではないぞ、患者の胸を物置代わりにするな。フッ素を塗る段になって、リンゴ味大丈夫ですか、とよくわからん気遣いをするな。君にはもっと気遣うべきところがある!

 

 と、ここまで書いて気が付いた。歯科衛生士さんとのやり取りが変だったのではない、彼女が変な歯科衛生士さんだったのだ、と。

 

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