哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

穴と雪の城王のこと

■穴と雪の城王

 夏であった。のぶ君はへばっていた。暑い。甲府の夏は暑すぎる。遮るもののない太陽の日差しが燦燦と照り付け、のぶ君の肌を焼いた。太陽の熱は逃げ場がなく、甲府盆地に居座り続ける。

 そうでなくとも、いとこの勝頼のわがままに振り回され、散々の甲府への旅であった。のぶ君は仲の良い友達の秘密を、勝頼に無理やり言わされたり、そうした友達の秘密を積極的に聞き出すように、勝頼に強要されたりした。そのせいで、仲の良かったはずの友達から、勝頼の犬として嫌われてしまったのぶ君である。

 極めつけは、のぶ君の弟が勝頼の言うことを聞かなかった時、のぶ君に弟の折檻をさせたのである。のぶ君は泣きながら、弟のことをぶった、仕方なかったのである。自分が弟のことをぶたなければ、勝頼はのぶ君とのぶ君の弟と、両方にとても酷い仕打ちをするだろう、それよりは自分ができるだけ手加減して弟のことをぶつほうが、まだマシなのだ。

 なぜ勝頼は、こんなに威張っていられるのか、それは勝頼が吉凶屋という菓子司の跡取りだからである。勝頼の父親で吉凶屋社長である信玄が発明した、きな粉をまぶした求肥に黒蜜をかけて食す、吉凶信玄餅という菓子が名物である。この信玄餅を、吉凶屋は信玄餅ガリガリ君信玄餅キットカット信玄餅チロルチョコ等々、全国規模の菓子司とのコラボ商品として次々と進化させ、倭国中にその名が知れ渡っているため、勝頼も鼻高々なのである。

 のぶ君はJR身延線の列車に揺られながら、甲府での信玄との日々を思い出していた。のぶ君のお母さんと勝頼のお父さんの信玄が姉弟なので、年に二、三度は、お母さんの実家である甲府に帰省して、信玄と勝頼の住む躑躅ヶ崎館に宿泊し、のぶ君はそのたびに嫌な思いをするのであった。

 のぶ君の一家は、静岡の江尻城というお城の管理をしている。のぶ君は大きくなって、城を束ねる王、城王になることが夢であった。そうして、うなぎエキスを入れたパイを作って、信玄餅を駆逐するのである。そのためにも、のぶ君などと言う、可愛らしい名前を名乗っていては、馬鹿にされてしまう。そう、のぶ君は考えた。

 折しも、アナトユキノジョウオウなる、舶来物の漫画映画が上映されていた。ジョウオウ、城の王とは、アナトユキノなる名前らしい。賢いのぶ君は、そのようなことをすぐにわかってしまうのである。穴戸雪乃か……、漢字もわかるのぶ君であった。

 この鬼畜米英の城王、穴戸雪乃氏から二文字、穴と雪の字を頂いて、穴山梅雪と名乗ろうと思ったのぶ君であった。

 

※ この物語はフィクションであり、実在の人物団体とは一切関係ありません。

 

■信友と信友

 というわけで、『虎の牙』に続いて、武川佑氏による歴史小説『落梅の賦』を読了した。前作に続いて、今作も武田家の中から、特に何人かをピックアップして、章ごとにそういった主人公格の何人かの内の一人の主観で、物語が進んでいく。今回ピックアップされたのは、補陀落渡海に失敗した元武士の僧清安(佐藤信安)と、穴山信君のぶただ・梅雪)そして、武田信虎武田信玄の父)が駿河(今川領)に追放されたのち、地元の女との間になした子供である、武田信友。そう、また信友である。前作においては、信虎の異母兄弟である勝沼信友を、三ツ峰者と呼ばれる武田の抱える忍者の様な山の民に育てられた、という設定で描き出し、武田家中にありながら、しかし、決定的な異端児である彼が、武田を守り仕える物語とした。今回の信友は信玄の異母弟であり、今川領で育ち、海での戦や船の扱いに秀でると、やはり武田家らしからぬ特性を持っている。そういった信友と、彼の周辺の人物たちが、いかに武田家の滅亡を体験したのか、そういった物語である。

 

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 この物語に登場する、清安という僧は、元は佐藤信安という武士であり、伊勢にいたが出家し、海の向こうにある、仏の国を目指して 他の僧と漕ぎ出すが嵐にのまれて船は沈み、彼一人だけ生き残ることになる。そこを信友に拾われ(寄物)、紆余曲折の末、信友の相伴衆として、苦楽を共にする。小説でも描かれているが、この佐藤信安という武士は、所領を召し上げられる等の苦難を経験しており、それは事実のようだ。しかし、その後の彼の足取り、この物語で描かれる、僧清安のキャラクター、活躍は武川氏の創作であろう。それを思うに、前作でも感じたことであるが、小説家というのはすさまじい想像力の持ち主である。無から有を作り出すのではなく、歴史小説家は、一しかない情報、それもそのままでは武田と結びつかなそうな情報を拾ってきて、それを十にも百にも膨らませて、矛盾なく物語の本筋につながるように結び付けてあげるのである。面白いなあ、と思う。

 

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 また、この物語では穴山梅雪という男も大活躍を見せる。おそらく、歴史的に見れば、武田家を裏切った悪人であり、そうして裏切って織田家についた挙句に、その報いを受けたか、本能寺の変に際して横死する、あまりよくない印象の人物、という評価であろう。この人物は武田信玄の甥(信玄の姉の子供)であり、また信玄の娘と結婚している、武田成分の強い、タケダタケダタケダーな人物であるが、やはりある種、メインストリームから外れた人物として描かれ、それがまたカッコよいのである。物語当初はどちらかというと信友に引っ張られる陰キャという印象でありながら、後半には、挫折した信友を叱咤して、時代の流れを作っていく人物となる。そんなやれやれ系主人公の信君が、ムードメーカーである信友、学級委員長清安と触れ合う中で進化する学園ラブコメとみることもできるのでは?

 

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 というわけで、武田家三代の歴史を小説を通してざっと、拝見いたしました。私は出身・在住が千葉県ですので、地元の歴史・文化にもっと目を向けてみたいな、と感じた次第であります。記事を読んで興味がわきましたら、是非、ご本を手に取っていただけますと幸いです。猛暑がやってまいりましたが、皆々様、どうぞ十分にご自愛ください。

 

落梅の賦

落梅の賦