哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

ウェアラブル端末を買ったこと

ウェアラブル端末を買ったこと

 この半年だか、一年だか、いや、もっとであろうか。私はスマートウォッチなり、アクティブトラッカーなり、活動量計なり、そういったものひっくるめて、なんらかのウェアラブル端末がほしいと、調達を模索していた。

 ウェアラブル端末のメリット、彼らにできることは多いが、私がもっとも気になっていたのは、睡眠や歩数を記録してくれる、活動量計としての働きである。私の三十代という年齢はもはや、人生における肉体的な下降線をたどる道に、入ってしまっている。もう、二十代の頃のように無制限に食事をして、運動もせずだらだらしていれば、体型は乱れるばかりであるし、動かなければ筋肉も減り続けるであろう。また睡眠についても、毎日仕事に通ううちに、次第に自身のプライベートの時間についても、仕事が侵食し、やがて昨日と、今日と、明日の出勤時間が地続きになる。睡眠時間を極力減らさなければやっていけない、そんな不安に襲われるのである。

 そういった己を合理的に管理するために、ウェアラブル端末に期待する思いは強かった。一方で、ウェアラブル端末は価格帯が広く、私の知っているメーカーの商品は高価であった。私にはどのメーカーのどの商品が、自分の需要にあっているのかよくわからなかったし、ウェアラブル端末自体の電池の持ち、同期するスマートフォンの電池の持ち、操作方法等、そういった諸々の要件が、自分の受け入れ可能なものなのか、不明であった。

 そういったわけで、およそ一年程であろうか、ウェアラブル端末に関心を寄せ続け、ついにこれは、という商品を見つけた、というわけではなく、なんとなくこれでよろしいんじゃないか、そんなに高くないし、試しに使ってみるには、という商品を見つけて、購入した。思うに、人生とはそういうものではないだろうか。結婚もまたしかり。この人しかいないという運命の相手を見つけようと躍起になって徒に齢を重ねるよりも、適当な所で妥協して、結婚生活を始めてみるというのが一番良いのではないか、と思う。

 ともかく、私が発注したウェアラブル端末は、ものの一日か二日で、私の手元に到着した。さっそく手首につけてみると、軽くてまったく気にならないし、かと言ってちゃちすぎる訳でもなく、つるんとした真っ黒な外見は、まあビジネスの場で使っていても許容範囲であろう、というものであった。専用のアプリをスマートフォンに入れて、スマートフォンウェアラブル端末をBluetoothで接続したり、そのデータを普段使っている健康管理アプリと同期させたりと、設定は面倒ではあったが、できてしまえば簡単な手順である。そういうわけで、晴れて私のウェアラブル端末生活が始まった。

 ウェアラブル端末をつけていると、歩数や心拍数をオートメーションで測っていてくれたり、スマートフォンに来た、メールやラインのメッセージの通知を、ウェアラブル端末がぶるっと震えることで知らせてくれる。とても便利である。心拍数はそこまであてにしているわけではないが、歩数の方は、毎日一万歩を目標に運動するのに、手軽に手首を見れば歩数が確認できるのは便利で、あと何歩かわかればモチベーションも上がりやすい。

 ウェアラブル端末を使い始めて以来、手首から外すのはお風呂に入るときくらいである。私が眠るときですら、彼は律義に睡眠の記録を取ってくれており、深い睡眠、浅い睡眠の時間を教えてくれるので、つけっぱなしである。私も彼と出会う前は、腕時計を巻いて寝るなんて、邪魔ではないだろうか、と思っていたのだが、彼は本当に軽量で、腕にいてもあまり気にならない。

 さてそんな生活を数日続けたある朝、私は目を覚ますと、さっそくスマートフォンのアプリを確認して、自分の睡眠を確認した。23時半に就寝し、6時半に起床している。睡眠時間は7時間、その内、深い睡眠は1時間半ほど、スマートフォンのアプリは、入眠が遅く、深い睡眠が短いことや、同地域同年代のユーザーと比べれば、睡眠時間が長いこと等を教えてくれる。ふと、歩数の表示が目に入った。その日の歩数は11、とある。

 ありえない、と思った。歩数は通常、毎日0時にリセットされる。0時以前にベッドに入って、6時半にベッドで自分のスマートフォンをチェックしている私は、当然その日1歩も動きようがないのである。その睡眠していた間、まったく覚醒がなかったことは、私のウェアラブル端末、彼自身が証明している。であれば、この歩数は何か。私の脳裏に、ある言葉が浮かぶ。夢遊病

 とんでもないことが起きた。私が健康の維持のために購入したウェアラブル端末は、私の重大な疾患を発見してしまったかもしれない。ともかく、夢遊病の疑いがあるのも心中穏やかではない。私は役場で離婚届に、離婚成立の判を押す仕事をしている。C市H村役場村民部戸籍課離婚係主任、後輩の離婚係主事が受け取った離婚届を、上司である離婚係長の了解を得たうえで、私が離婚成立の判を押す、大変責任が重く、やりがいのある仕事であり、また村民の生活が懸かっている以上、ミスの許されてない仕事なのであるが、その日は自分が夢遊病疑いであることが気にかかり、危うく係長から許可を得ずに親泊さんの離婚届に判をつくところであった。親泊さんは日に50回以上は離婚届を提出する。40年前の婚姻以来、ほぼ毎日、その習慣は変わっていない。日に50回は夫婦喧嘩をするのだ。そのたびに離婚届を作成し、提出する。しかし、ずっと昔に一度それを受理し、離婚成立の判をついたところ、10分後には仲直りして、婚姻届の提出に来たため、以来離婚係長の申し送り事項として、いかに親泊さんが離婚を訴えたとしても、数分後には仲直りし、さらに数分後にはまた別の問題で喧嘩が始まり、当初の離婚希望事由については忘れ去られるため、決して離婚を認めてはならない、というものが加わった。そんな親泊さんの離婚を許可しそうになるほど、私は憔悴しきっていたのである。

 そういうわけで、仕事が終わると村に3件ある精神科の内、私が最もよく通っている、今西先生の病院に向かった。先生は50絡みの男性で、頭頂部がすっかり禿げあがっており、頭の側面に申し訳程度に髪の毛が茂っている。先生は普段通り、自身の研究活動を邪魔しに来た患者を、いかに速やかに治癒してやろうか、というやる気と殺気に満ち満ちた表情で、私を出迎えた。

「Kさん、どうされましたか」と問われたので、私は朝からのことを詳細に先生に伝えた。

「なんと、あの親泊さんの離婚を認めそうになるほど。それは気がかりでしょう。しかし、我がクリニックでは、夢遊病診断の計器がないのです。そこで、我がクリニックより大きな、今岸先生の病院に紹介状を書きますので、そちらへ行ってください」先生はそう言うと、私を診察室から追い出した。私は受付で5,550円を支払った。受付の医療事務の、いかに効率的に自分の身体と口を動かさずに患者をさばくかに心血を注いでいる女性は、先生の高度な医療判断費が2,550円、紹介状の書類作成費が3,000円だと言った。

 今岸先生は今西先生よりも若く、眼鏡をかけてインテリぶった精神科医である。院内のインテリアは緑色で統一され、インテルのPCに向かって、クランケの主張を打ち込んでいく。私は朝からのことと、今西先生のところでの診察のことを説明した。今西先生は、さっそく計器で夢遊病の診断をしましょう、というと、私の前に、小玉西瓜くらいの大きさの計器を出してきて、3つついているボタンを押したり押さなかったりし、また飛び出しているアンテナやマイクを私の方に向けたり、向けなかったりして、3つついている電気がついたりつかなかったりするのを確認すると、なるほど、等とつぶやいた。

「Kさん、大変お気の毒ですが、Kさんは重度の夢遊病を患ってらっしゃいます。そして、重ねて申し訳ございませんが、私の病院ではその病状につき、有効な治療手段を有しておりません。今市先生の医院への紹介状を書きますので、しばしお待ちを」

 そして私は、計器使用料8,340円と、書類作成費の3,000円を支払うと、今度は今市医院への紹介状を受け取り、村のはずれにある医院に向かった。

 今市先生は白髪頭のおじいさんである。今市先生のお父さんもおじいさんも、皆この今市医院で白髪頭のおじいさんをしていた。三代続いた白髪頭のおじいさんであり、生粋の白髪頭のおじいさんと言える。私が行って、事情を説明すると、今市先生はすっかり困ったような表情になって、言った。

「今岸先生と今西先生がそう言うのであれば、あなたは夢遊病患者なのでしょうが、その診断につき、院長の指示を仰ぐので、少しお待ちください」そして、今市先生は奥さんである今市院長の指示を仰ぎに奥の部屋に消えていった。先代の今市先生の奥さん、つまり当代の今市先生のお母さんもやはり院長であったし、先々代、つまり当代の今市先生のおばあさんも、やはり院長であった。

「院長もやはり夢遊病だと仰っています。さて治療法をどうしたものか」

「どうすればよいですか、先生」困り果てた顔で戻ってきた今市先生に、私は質問した。

「はてさて、院長に確認しますので、もう少しお待ちください」そういって先生は奥の部屋に消え、10分ほどでまた戻ってきたときには、これ以上困り切れないほど眉の下がった妙な表情をしていた。

「Kさんにはいくつが治療法がありますが、一番は入院をおすすめします」

「入院ですか、そんなに重いものなのですか。しかし、私の責任ある仕事は」

「仕事、仕事ね。院長に確認しますので、またしばらくお待ちください」

 今市先生はさらに10分ほどで戻ってきた。

「Kさん、診断書を書きました。院長の許可を得て、ほらここに、院長の印が押してあります」その診断書には1年の治療を要する、と書いてあった。なおも今市先生は話を続けた。

「Kさん、ずいぶん長い、とお考えでしょうが、夢遊病の根治には時間がかかるのです。役場には休職の仕組みがありますから、ここはじっくりと休みを取って治した方が良いでしょう」

「しかし、入院というのはあまりにも重い……」

「いいですか、Kさん。あなたが夢遊病である、ということと、あなたの意思に反してあなたが寝ている間に11歩も散歩をしたという事実は、あなたの肉体があなたの意思に反して、反社会的行動をとる危険性をはらんでいることを強く示唆しているのですよ。当院といたしましても診察をした責任がありますし、恐らくH村役場におかれましても、従業員が本人の意思とかかわりなく犯罪に手を染める恐れがあり、またその危険の排除に対して非協力的であるということになれば、大変困ったことになるでしょうし、しかる後は警察権力の介入やH村長の謝罪記者会見などと言ったことになるでしょう。そうした事態に発展させないためにも、Kさんにはここで大人しく入院していただけると、私は固く信じている次第でありまして、いやはや」

 そういうわけで、私は今、今市医院の5階の廊下の突き当りの病室に、入院している。病室の窓の外には青々とした秋空が広がり、さわやかな風が吹き込む。私は手足や胴体、頭を縛られ、ベッドに固定されているので、そんな窓の外の光景を、眼球を目いっぱいに横に向けて確認する。腕に刺さった点滴から栄養を摂取し、尿道に刺さった管から排せつをする。看護学校を卒業したての若い女性の看護師が、毎日3回、点滴と尿の袋を交換に来る。このベッドに寝かされてから数か月、私のウェアラブル端末は素晴らしく順調に、0歩を刻みつづけている。

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