哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

小督・羽衣 のこと

 先日、宝生能楽堂で行われた銕仙会定期公演を拝見した。その時の演目について、思ったことと学んだことを記す。

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■小督のこと

 あるところに夫婦がいた。裕福な夫婦で召使を何人も抱えていたが、その妻に付いている召使の一人に夫が手を出し、惚れこんでしまった。妻の父親は大層なお大尽であり、その権力を恐れた召使は、姿を隠してしまう。夫は探偵を雇って召使が京都の嵯峨野にいることを探し出し、文を持たせた使いを十五夜に派遣した。その使いの男はミュージシャンで以前にその妻とセッションしたことがあり、妻の弾く琴の調べを聞き分けることができた。果たして、妻の隠れ家を見つけた使いの男は、夫の文を渡すことができた。二人は別れを惜しみながら、月夜の下、再びセッションするのであった。

 というような話である。ちなみにこの夫が高倉天皇、妻が建礼門院徳子、妻の父が平清盛、召使が小督局、そして使いの男が源仲国である。あらすじだけ聞くと、昼ドラの様なドロドロした話である。

・相国:太政大臣のことをいきって中国風に呼称したもの。平清盛のこと。ちなみに私はこの文章を津田沼PARCOの珈琲ショップで綴っているが、隣で喋っている女性三人組が、課長等の役職がマネージャー等の呼称に変わってしまってよくわからん、という話をしている。いつの時代も日本人はいきりたがるものである。

・片折戸:多分、現代において普通に扉と言うとこれなのではないかと思う。片開きの扉の意、であるらしい。嵯峨野の様な田舎にはそういう扉の家があるんすよねぇ、と言って、琴の音だけを頼りに出かけて行った仲国は、社会人の鑑。私なら、そのヒントだけじゃ無理ですぅぅ、と逃げる。

・枢(とぼそ):戸(と)臍(ほぞ)の意で、開き口を回転させるため戸口の上下の框(かまち・扉の枠)に設けた穴であり、また戸や扉自体のこと。

・月毛:馬の毛色の種類で国内では北海道和種によく見られる。被毛はクリーム色から淡い黄白色のものまであり、長毛は被毛と同色から白色に近いものまである。米国から乗馬として輸入されているパロミノもこの毛色に属する。(JRA競馬用語辞典より)

■狐塚のこと

 夜闇の中で、家来A♂が主人♂と家来B♂を鳴子に結ばれた縄で縛り上げて、煙責めにする成人向けの話。

 家来Aは当然、太郎冠者であり、主人に頼まれて鳴子で鳥を追い払いに出ており、様子を見にきた次郎冠者と主人を、狐が化けていると勘違いして、という、楽しい狂言である。

■羽衣のこと

 月の都から訪日した天女が、何故か無防備にも大事な羽衣を脱いでいるところへ、漁師がやって来て羽衣を持って帰ろうとする。天女の悲しみに感じ入った漁師は、舞を見せてくれたら羽衣を返すと言う。舞うから、先に羽衣を返してと言う天女を、漁師は、先に羽衣を返したら舞を見せないのではと疑うが、天女が「インディアン嘘つかない」みたいなことを言うと、漁師は顔を赤らめたかどうかは知らないが、あら恥ずかし、とか言って羽衣を返し、天女が舞う。

 能ではいい感じの刺激に収まっているが、各地の羽衣伝説は漁師と結婚して子どもをなして、天に帰っていくとかもあるしなぁ。現代に置き換えると、ある高校でクラスのマドンナがプールで泳いでいる間に、ガキ大将がマドンナのセーラー服を隠しちゃうわけですよ。それで、返してほしければ、○○をしろ、と。えっちだ……。

・月宮殿:月の都。天女が普段舞っているところ。

・天人の五衰:天人には寿命があるというのが仏教の認識らしく、その死が近づいた歳の五つのしるしのこと、だそう。ウィキペディアからざっくり引いてくると、「衣服が垢で油染みる」「頭上の華鬘が萎える」「身体が汚れて臭う」「脇の下から汗が流れ出す」「自分の席に戻るのを嫌がる」の五つだそうなのだが、こういう人が私の職場にいる。あの人は天人だったのか……。

・霊香:不思議な良い香り。そんなものがあるなら、職場のあの人に振り撒いてあげたい。

・二神:いざなぎ・いざなみ

・十方世界:東西南北と北東、北西、南東、南西、上下。全世界のこと。

・色人:美しく艶かしい人。

・三五夜:十五夜のこと。

■総括

 以上、三演目を拝見した。狙ってか否かはわからないが、今回の三つはいずれも月や夜に因んだものである。能「小督」は浅見慈一師がシテ(主役)、仲国と小督のやり取りが美しい。狂言「狐塚」は三宅右近師をシテに、非常に明るく楽しく。能「羽衣」はシテが女性の鵜澤光師、良く通る声に地謡も迫力があったように思う。宝生能楽堂のへんてこなクリスマス飾りも堪能でき、良かったです。