■2019年に読んだ本ベスト5
●第5位:『猫がいなけりゃ息もできない』(村山由佳/ホーム社)
●第4位:『戦争の法』(佐藤亜紀/伽鹿舎)
- 作者:佐藤 亜紀
- 出版社/メーカー: 伽鹿舎
- 発売日: 2017/12/23
- メディア: 文庫
佐藤亜紀さんの初期の作品。凄いと思った。どんどん次が気になる作品である。
主人公であるガチャ目のたかしと、美少年で狙撃の名手の千秋、伍長、日和見、四人組のゲリラ活動を中心に、その前後の物語を描く三章構成の物語。N県(おそらく新潟)の独立という設定も秀逸であるし、キャラクターの描写も特徴的で上手いと感じる。何といっても、特に序盤の乾いた描写というか、父親、母親、そして主人公たかしの得体の知れなさ、事務的な印象は、アゴタ・クリストフの悪童日記等に通じるものがあり、かっこよいと思うし、それゆえに感情移入するのではなく、世界の観察者として置かれている印象で続きが気になる。
中盤は徐々にたかしのキャラクターもつかめてきて、ゲリラの仲間はよほど人間的で、ドラマチック。ラストの鷹取嬢とのアヴァンチュールはよりウェットでロマンチックで、それでもその裏の冷たい部分、得体の知れなさが一貫してあり、そういった後ろ暗さを鷹取嬢もたかしも抱えているのが良い。そしてラストの、母、千秋母、やすこさん、そして私の団欒のシーンは、最高のハッピーエンドである。面白かった、佐藤亜紀さんはなんとなく、横文字の人物名で海外が舞台というイメージであったが、日本を描いても上手いし、かっこいい、そう思える作品であった。
●第3位:『「本の寺子屋」が地方を作る』(「信州しおじり本の寺子屋」研究会/東洋出版)
- 作者:「信州しおじり 本の寺子屋」研究会
- 出版社/メーカー: 東洋出版
- 発売日: 2016/05/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
たいへん面白く、勉強になる作品であった。通称えんぱーくと呼ばれる、塩尻市民交流センターの図書館で開かれる、生涯学習の場、本の寺子屋について、その研究グループがまとめた書籍。
塩尻市は、長野県内で、長野市、松本市に次ぐ規模の市であり、塩尻駅前に市民交流センター(えんぱーく)がある。このえんぱーくの中核施設が、市立図書館であり、この駅前の施設に人を呼び込もうとして企画されたものの一つが、この「信州しおじり本の寺子屋」である。また、この試みをけん引したのが28年間勤めた鹿島市役所からヘッドハンティングでやってきた、塩尻市立図書館長の内野安彦さん以下、図書館職員の方々と、河出書房新社で『文藝』編集長などを務められた、編集者の長田洋一さんであるそうだ。本書では彼らの出会いから、取り組みまでが触れられている。
例えば、その出会い以前に、安曇野市に住む長田さんはその南隣、松本市の古書店で、内野館長が、古書店から図書館の蔵書を購入する等していることを耳にし、興味を持ったそうだ。確かに、図書館長自らが古本屋を回って、図書館の蔵書を選ぶ姿は、なかなか想像しにくい。また信州は、利用者が気軽に館長を呼び出して、叱ったりほめたりするそうで、この二人の邂逅の時も、そうして内野館長が呼び出されて行ったら、長田さんがおり、そこから本の話をしたのだという。えんぱーくの成功の秘訣として、市としての意向や柔軟な考え、施設を支えるたくさんのスタッフの地道な努力がもちろん重要であったのだが、そういった沢山の要素の中で、この内野長田両氏の出会いは、不可欠なものであったろう。たまたま長田さんが都内での編集者の職を辞して安曇野に移り住まなければ、興味を抱いて塩尻を訪ねてこなければ、この出会いもなく、本の寺子屋もまた違った形になっていたかもしれない。そういう出会いの大切さは、この本のエピソードからひしひしと感じることができる。
長田さんが、本の寺子屋の企画、講演の内容や招致する講師を考える際に、念頭に置いたのが、塩尻出身の古田晃さんが創業し、編集長も務められていた、筑摩書房の総合雑誌『展望』の目次だそうだ。講演の一覧、パンフレットを見れば、確かに総合誌の目次の様に、様々なジャンルを抑えているそうだ。中でも、思想的にも出版の姿勢的にも、偏っていないのが『展望』であったようである。優れた総合誌は色々な人々の興味を網羅し、関心を抱かせやすい、このあたりの考え方は、私自身にとっても勉強になると感じた。
●第2位:『新撰組裏表録地虫鳴く』(木内昇/集英社)
新選組の特に伊東甲子太郎の御陵衛士の独立の辺りを描いた作品。伊東に従う、篠原泰之進と、同じく御陵衛士になることになる阿部十郎、そして近藤・土方派の監察として働く尾形俊太郎と、とても地味なメンバーが主役となる。気になったのは、斎藤一である。阿部のことを気にかけてやったり、藤堂を助けようと声をかけたり、死体を検分したり、かっこいいと思う。いや、死体を検分するのがかっこいいというのも意味不明だけれど。孤独な阿部が何とか浅野を、御陵衛士に入れようとして、入隊してお互いともに喜ぶのもとても素敵だし、それを見て浅野の入隊のことを見逃せと、斎藤が山崎だか尾形だかに言うのが、素敵だなあと思うのである。壬生義士伝ではあんなにかっこいい、庶民派だけどすげえ剣の腕だと描かれている吉村貫一郎は、山崎烝に馬鹿にされるくらい、どんくさい存在として描かれている。時代小説と言えど、これは人間ドラマである。歴史、史実の点をつなぎながら、その隙間を埋める人間ドラマの描き方が素晴らしい。
作者の木内昇さんは、私がこのところ推している作家の一人。相変わらず、江戸から明治、変わっていく姿、失われていくもの(本作では武士の義、真っ正直であること)、そういったものを上手く書く人である。闇雲に昔は良かったとも、人類は進歩し続けているとも、それはどちらと言えないところであるけれど、こうして時代が変わるとき美しい何かが失われる、と同時に別の何かが誕生する。教科書的な歴史では政治体制等の大きな視点でしか時代を見ることが難しいが、実はこうした変化、人々の暮らしぶりや精神面の推移こそが、歴史の移ろいなのだと思う。
●第1位:『夜行』(森見登美彦/小学館)
言わずと知れた売れっ子作家、森見登美彦さんの話題作。2019年はこれ以上に話題沸騰した『熱帯』も拝読したが、個人的にはよりシンプルでありながら真に迫る、こちらを推したい。
怪談物で、雰囲気としては『きつねのはなし』が近い。五つの連作短編みたいな形で、どれもえーっ?という感じで終わる。すごく引き付けられて、これどうなるん、どう決着するんと思っとると、ふわっと、あとはご想像にみたいな形で、それがえーっと思う反面、不思議な読後感を与えてくれる。映像でこうなってこうなってじゃない、ホントに登場人物たちの“語り”であり、それをふーんと聞けばよい。オチ目指して映像が進んでいくのではなく、言葉がありきの物語であり、語ることに意義がある。
岸田の描いた夜行、その裏である曙光、大橋は絵を潜り抜けて曙光の世界に、どういうわけだかいってしまい、そしてまた戻ってくる。ホントの所どうなのか、いなくなったのは大橋なのか、長谷川なのか、もうひとつの世界とはなんなのか、そしてそのもうひとつの世界では森見登美彦さんは曙光という小説を描いているのか? 謎であり、それが、謎が謎であるままであることが、とてもよいのである。
この作品はそれぞれ舞台が日本各地に散らばり、鞍馬や尾道等々が、章題になっている。私が好きであったのは津軽。森見登美彦さんが言っている、得体の知れないシステムの回りをうろうろする系の物語で、確かにシステムはあるのだけれど主人公はそれを使うことはできても、理屈はわからない、みたいな。このわからなさが、とても良い。
■対象書籍
書名 | 作者 | 出版社 |
栞子さんと奇妙な客人たち | 三上延 | KADOKAWA |
栞子さんと謎めく日常 | 三上延 | KADOKAWA |
栞子さんと消えない絆 | 三上延 | KADOKAWA |
「本の寺子屋」が地方を創る | 「信州しおじり本の寺子屋」研究会 | 東洋出版 |
栞子さんと二つの顔 | 三上延 | KADOKAWA |
総特集森見登美彦 | 森見登美彦 | 河出書房新社 |
うまかたやまんば | おざわとしお 赤羽末吉 |
福音館書店 |
夜行 | 森見登美彦 | 小学館 |
うしかたとやまうば | 瀬田貞二 関野準一郎 |
福音館書店 |
ラチとらいおん | マレーク・ベロニカ とくながやすもと |
福音館書店 |
スーホの白い馬 | 大塚勇三 赤羽末吉 |
福音館書店 |
熊楠と猫 | 杉山和也 志村真幸 岸本昌也 伊藤慎吾 南方熊楠 |
共和国 |
よあけ | ユリー・シュルヴィッツ 瀬田貞二 |
福音館書店 |
せかいいちうつくしいぼくの村 | 小林豊 | ポプラ社 |
太陽と乙女 | 森見登美彦 | 新潮社 |
栞子さんと繋がりの時 | 三上延 | KADOKAWA |
大どろぼうホッツェンプロッツ | オトフリート・プロイスラー フランツ・ヨーゼフ・トリップ 中村浩三 |
偕成社 |
猫がいなけりゃ息もできない | 村山由佳 | ホーム社 集英社 |
官僚たちの夏 | 城山三郎 | 新潮社 |
ガンピーさんのふなあそび | ジョン・バーニンガム 光吉夏弥 |
ほるぷ出版 |
栞子さんと巡るさだめ | 三上延 | KADOKAWA |
栞子さんと果てない舞台 | 三上延 | KADOKAWA |
MBAクリティカル・シンキング | グロービス・マネジメント・インスティテュート | ダイヤモンド社 |
エッセンシャル志向~最小の時間で成果を最大にする~ | グレッグ・マキューン 高橋璃子 |
かんき出版 |
「売る」文章51の技 | 有田憲史 | 翔泳社 |
アクアマリンの神殿 | 海堂尊 | 角川書店 |
こころ 曇りのち青空 | 北村絢子 | 山梨日日新聞社 |
戦争の法 | 佐藤亜紀 | 伽鹿舎 |
日本の歴史をよみなおす(全) | 網野善彦 | 筑摩書房 |
虎の牙 | 武川佑 | 講談社 |
跳ぶ男 | 青山文平 | 文藝春秋 |
世界の辺境とハードボイルド室町時代 | 高野秀行 清水克行 |
集英社 |
落梅の賦 | 武川佑 | 講談社 |
熱帯 | 森見登美彦 | 文藝春秋 |
絵物語古事記 | 富安陽子 山村浩二 三浦佑之 |
偕成社 |
新選組裏表録 地虫鳴く | 木内昇 | 集英社 |
能楽師の娘 | 波多野聖 | 角川書店 |
プリズナートレーニング | ポール・ウェイド 山田雅久 |
CCCメディアハウス |
ナニワ・モンスター | 海堂尊 | 新潮社 |
問題解決大全 | 読書猿 | フォレスト出版 |
ぐるぐる問答森見登美彦氏対談集 | 森見登美彦 | 小学館 |
羆嵐 | 吉村昭 | 新潮社 |
ちなみに次点は↓です。
■対象書籍の入手経路
図書館 | 47.6 |
古書店 | 7.1 |
新刊書店 | 28.6 |
3年以上前に入手 | 16.7 |
ということでこれまた一年前と同様、2019年に読んだ本の入手経路を分析してみる。昨年(2018年に読んだ本を対象にした分析)は、新刊書店がわずか5%であったのが、今年大きく好転した半面、古書店は前回の44%から激減した。これは昨年の記事を見ればわかると思うが、事情があって緊縮財政を敷いていた私に、多少のゆとりができたことと、仕事・プライベートがいささか私のキャパを超えて充実したことで、悠長に古書店を眺める暇が無くなった、という点が上げられる。図書館の利用割合はほぼ変わっていない。相変わらずハウツーものや話題だけれど買うほどじゃない本を予約すると、忘れたころに図書館が用意してくれる。3年以上前に入手した本については、今年の頭にビブリア古書堂の事件手帖シリーズの再読イベントが、個人的に発生したため、割合として大きくなっている。ある程度、金銭的に、本を買う程度には余裕が出てきているので、今年、2020年はより一層、新刊書店の売上貢献を目指したい所存であり、そのためにも新しい本棚を購入したい、今日この頃である。