哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

在野研究ビギナーズ~勝手にはじめる研究生活~(荒木優太〈編著〉/明石書店)のこと

■在野研究ビギナーズ~勝手にはじめる研究生活~のこと 

在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活

在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活

  • 作者:荒木 優太
  • 発売日: 2019/09/06
  • メディア: 単行本
 

 

●概要 

 本書は大学(院)に属さずに研究活動を行っている人々が、各々の事例を紹介する、と言った趣向のものである。一読してこうして大学(院)の外で研究している人がたくさんいるのだな、と言うのことは、私の様な単なる会社員にもそのような研究という道が開けていることがぼんやりと感じられ、嬉しく思う反面、同書ではどのように筆者たちが時間を工面し研究の時間を作っているか等、彼らの今の日常はふんだんに書かれているが、在野の人間が研究を始めるためにまず何をすべきなのか、何を決めて何を調べ何を読むのか、そういったことを手取り足取り教えてくれるわけではないので、これを読んで、研究生活、格好いいじゃん、と私のように思い、じゃあ明日から研究を始めようと思ったとしても、何をすればいいのかわからない、と言うのが残念な所である。

 思うに、本当にこれがやりたい、これが好きでこれについてもっと知りたい、という対象を見つけることが必要なのであろう。その何かを追っていくと、入門書から始まり、先人たちの論文等に至り、そしてまだ誰もやっていないところ(”研究”の領域)が見つかり、そうなると自分がどうやって”研究”を始めればよいのかなど、なんとなくわかってくるのであろう。そして、そう至る前、せいぜい書物を紐解いて関心事を調べて満足できるうちは、”研究”は不要で”勉強”をしていればよい、ということなのであろう。

 そんなことを読み終えてまず考えるものであるが、ともかく、本書の記載事項を振り返りながら、各筆者(各章立て)毎に私が気になった点をあげながら、復習していこうと思う。

●職業としない学問(酒井大輔)

 公務員をしながら政治学を研究している筆者であるが、公務員という職業柄、仕事に対して関連法規を調べ、簡潔な文章で自分の考えを表明する能力が身につき、それが研究においても文章が明晰になり資料の整理が上手くなるなど、役立っているとのことであった。私自身も仕事をすることで何かに活きることもあるかもしれない、良いことである。

●趣味の研究(工藤郁子)

 論文の執筆に先駆けて勉強会等でプレ報告を行い、それに対するダメ出しを受けて、修正を加える、という手法に、なるほどと思った。 

●四〇歳から「週末学者」になる(伊藤未明)

 三つの修士号を持ち、学位取得マニア等、と周囲から言われるよいう筆者は、仕事をしながら矢印の研究をしている、とのこと。若い研究者に比べて論文を読んでいる量が足りないことから、あえて、競合のいなそうなテーマを探すことが大切だという。そのほか、週末学者をするために心掛けたこととして、運動をして体力をつけることや、普段の仕事と研究を分けて考えること等をあげており、具体的に自分が研究にしろ何か仕事に直結しないプライベートで挑戦を計るにあたってのイメージが湧き、参考になった。また在野研究者に対するアドバイスとして、図書館の活用、大学の聴講生になること、読書会等への参加をあげられている。

●図書館の不真面目な使い方(小林昌樹・インタビュー)

 国立国会図書館職員で、若いころに本の出し入れをする係を、当時は誰もが経験していたそう。それが図書館の蔵書構成を知るために役に立って将来に活きているとのこと。これはどんな仕事でも同じかと思うので、今単純作業のように思えても、色々考えながら仕事することは大切なのかもしれないと思う。またレファレンスサービスについて、利用者と話してキーワードを聞き出すことが大切とのこと。調べものに使えるものとして、「グーグルブックス」NDLの「人文リンク集」「ざっさくプラス」等を紹介。

Google ブックス

雑誌記事索引集成データベース - ざっさくプラス

人文リンク集 | 人文科学・総記 | 国立国会図書館

●エメラルド色のハエを追って(熊澤辰徳)

 ハエについてのWebサイトを作って、「誰も手をつけていないスキマを埋める」べく、日本のハエの情報等を、英語併記で公開していたところ、海外の研究者から問い合わせが来て、ネット(メール)を介した、共同研究につながったとのこと。そうした発信の大切さを感じる内容であった。

知られざる双翅目のために - Information on Japanese Diptera

●点をつなごうとする話(内田明)

 活字(フォント)について、長年研究と実務を行っている筆者の来歴等。私は「文字」について無数にあると思ってしまう。とにかく数えきれない、と。そんな気の遠くなるような一つ一つの「文字」のデザイン(つまり今私が打ち込み、あなたがディスプレイで見ている”これ”)について、考えて改良改善して、過去の出版史を紐解いて、という気長な作業をする人がいる、ことを改めて思い知り、勉強となった。

●新たな方法序説へ向けて(山本貴光吉川浩満

 研究(者)についての丁寧な分類や考察。

●好きなものに取り憑かれて(朝里樹)

 『ゲゲゲの鬼太郎』のアニメがきっかけで、大学を卒業し公務員をしている今も、在野で妖怪・怪異に対する研究を続けているという筆者。在野であるからこそ、その時にやりたい、アニメの登場キャラ・古典文学・絵巻と、様々な調査ができる、気楽さ、を利点としてあげている。現地調査よりも文献調査、中でも一次資料にあたることを大切にしているとのことで、また研究成果を発表することで、ネット(Twitter)を通して助言が得られたりと、良い点がある、とのこと。

朝里 樹 (@asazato4) | Twitter

●市井の人物の聞き取り調査(内田真木)

 小説家の有島武郎を研究テーマに、日記などの文献の調査だけでなく、親族等の関係者に対する、インタビュー調査を行っている、とのこと。

●センセーは、独りでガクモンする(星野健一)

 フリーランスの家庭教師をしながら、(創価学会員の家庭に生まれ育ったことがきっかけで、)日蓮宗の研究をしている、とのこと。低コストな研究として紀要の経年調査を勧めており、これは目から鱗と言うか、こうした過去の他人の業績を整理して書評していくことも研究の内なのだな、ということは大変参考になった。

雑書彷徨記~在野の片隅にいる宗教研究者のつぶやき

●貧しい出版私史(荒木優太)

 本書の編者でもある筆者。ネットへの成果発表につき、PDF化しての公開(筆者はパブ―を使用)の優位性を、研究を一度完成させる点、剽窃の防止、読者のパソコンにPDFが保管される(読まれる)こと等の観点から主張されており、参考になった。

荒木優太さんの公開中の本 | パブー

荒木優太 - YouTube

●学校化批判の過去と現在(山本哲士・インタビュー)

 イリイチに会いに行った時の話等。面白かった。

●〈思想の管理〉の部分課題としての研究支援(酒井泰斗)

 研究の支援について、筆者の経験等をまとめている。中でも研究者に会いに行く際に、事前に公開されている学術論文を何本か読んでおき、それの分かったこと、分からなかったことを具体的にまとめていって話をすると、相手もそれを読解の水準を測るのに使えるので、自分の無知が役に立つ、ということを述べており、なるほどと思う。

●彷徨うコレクティヴ(逆巻しとね)

 筆者の経歴、研究対象への関心の枯渇や教育への忌避感から、大学院を中退し、それでもアカデミックの場に戻ろうとしながら、パニック障害の発作に悩まされて、という点について、さらっと述べられているが、この点に興味を持つ。このあたりをもう少し深く知りたいと思った。

●地域おこしと人文学研究(石井雅巳)

 この人の章が一番、私としては面白かったと思う。修士を卒業後博士過程の試験に落ち、島根県津和野町役場で町おこしの仕事に就く。当初は町の子どもたちに勉強を教える業務だったそうだが、その中で筆者が哲学が専門ということもあり、地元出身の哲学者西周を使った町おこしの事業を始める。全集を刊行するとともに、若手研究者に対する賞を設け、受賞者が地元民等を対象に講演をする仕組みを作る。自分の関心と求められたものと、周囲と、色々なものを上手く結びつけて形にしていくことがすごいと思った。

Pour plonger profondément...

●ゼロから始める翻訳術(大久保ゆう・インタビュー)

 趣味で翻訳を初めて今はそれを仕事にしているという筆者の話は、外国語を学びたい、外国語の文書を読んでみたいという気持ちを大いに高めてくれた。中でも、語学より作品が先、読みたい作品があって、読みながら語学の勉強をする、と言うのが、なるほどと思う。私自身漠然と、英語ができなくちゃと思っていたが、英語で何をしたいのか、何を読みなにをしゃべりたいのかを見つけるのが、肝要なのかもしれないと思った。

作家別作品リスト:大久保 ゆう

●アカデミアと地続きにあるビジネス(朱喜哲)

 哲学を研究して修士課程を卒業後、3年の期限のつもりで大手広告代理店に就職、結局、ビジネスと博士課程を両立させるに至った筆者の経験はとても勉強になった。ビジネスでの実践を楽しみ、またその中で出会ったチームの先輩たちが、目先のプロジェクトだけではなく、より大きな長期的にな視野に立って、「インターネットは人類をどう変えたか」「情報とは」みたいなテーマを持ちながら、仕事に取り組むころでビジネスに対する関心を維持していることを知ったという。

●総括

 本書を読んでいて、まず自分が何かを研究したいのか、というとしたいような別にしなくていいような、と言うところである、と感じた。と言うのもそうした、何か一つのことを追いたい、と言う漠然とした意志は持っていながら、一方で、何を研究したいのか、という点が全く明確ではない。今、関心のあるものはある。例えば、文学(文芸作品全般)であったり、哲学であったり、能楽や落語等の舞台芸能であったり、それぞれに対して、勉強したい(読書をして知見を深めたい)という欲望はありながら、その中のどれかに対して特に踏み込んで、研究をしたい、誰も見つけていないことを発見したい、という意思はない。勉強と研究の境目がよくわからないが、その中のどれかに対して、今後私がのめりこんで、気が付いたら研究になる可能性はあるが、今この時点で、特定の研究テーマを決めることは難しい。しかし、最終章の朱氏の文章の中に、よい大きなテーマを追うことの大切さ、ということが記されており、それは大いに参考になった。前の記事でも書いたが、私は人が何を信じているか、という点に関心を持っている。信じること、祈ること、そうした点が私にとっての大きなテーマになるように思われる。それは例えば能楽には顕著に表れるし、文学にも哲学にも、その他、関心のある宗教(寺社仏閣や仏像)、音楽、美術、色々な所に現れる。とりあえず、それを認識できただけでも良いのだと思う。今後、その中から具体のテーマが見つかって研究することになるのか、それが単なる勉強で終わるのか、そんな諸々をいずれ忘れてしまうかは、よくわからない。とはいえ、もう一つ私が思ったことは、私がやりたいのは研究してそれを論文にすることではないな、ということである。これは決定的にそうで、私が書きたいのは論文ではなくて文芸作品である。しかしこの本で示された筆者たちの日常や情熱は、決して研究者に対してだけ活かされるものでなく、何にでも、例えば私にとっては仕事に対しても、また関心事を文芸作品として結実することに対しても、活きる知見であったように思われる。だから在野研究者になりたい人でも、そうでない人でも、この本は何らかの参考になる、と思うのである。

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