■平知盛のこと
「見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん」みたいなことを言って、壇ノ浦に沈んだ人を知らないだろうか。そう、高校の古典の教科書等でご存知の方も多いであろう、平知盛である。父は平清盛で兄弟に宗盛や建礼門院徳子(高倉天皇の中宮で安徳天皇の母)がいる。清盛の死後、文人気質の兄宗盛を支え軍事面で平家の中心におり、平家滅亡の壇ノ浦まで戦い抜き、冒頭の言葉を残して、(浮かび上がらないように)鎧を二枚着て(後に謡曲「碇潜」が発端か碇を持って沈んだことにされるが……)、安徳天皇らとともに入水する。
この知盛を扱った能が「船弁慶」である。平家滅亡後に兄頼朝に追われる義経が登場し、子方・義経、ワキ・弁慶に対して、前半はシテ(主役)・静御前が義経との別れを悲しむシーン、後半はシテが代わって知盛の亡霊となり、大物浦にて船出しようとした義経を襲うシーンが描かれる。
ところで大物浦(兵庫県)は義経が屋島(香川県)攻めに出航した港であり、また頼朝に追われ九州落ちを狙って出航(暴風により難破して失敗)した場所であるそうだが、壇ノ浦(山口県)で死んだはずの君が何故大物浦で化けて出るのだね、知盛君?
一方、歌舞伎の名作「義経千本桜・二段目」は概ねこの「船弁慶」を脚色したような話である。伏見稲荷(鳥居前)で静御前と義経の別れを描き、渡海屋・大物浦の場においては、壇ノ浦で入水したはずの知盛が実は生きていて(船宿の主人銀平に身をやつしている)、(何故か)白装束で幽霊のコスプレをして、義経を襲うが返り討ちに遭い、やはり生きていた(そして実は女子であった)安徳天皇の身柄を義経が保証したことで、自分の身体に碇を巻き付けて自害する、という筋である。
と、同じ知盛のその後を描いていても、歌舞伎の方がくどい、と言うか歌舞伎の方が後に成立している以上、同じ題材を扱う作品は、能のリメイク版にならざるを得ず、その分、妙なパロディであったり、過剰な演出が登場する。印象に残るのは、私にとっては、能の方である。
■参考
●動画
平知盛を扱った半能「船弁慶」(石川県立能楽堂・4/5金沢能楽会別会能の無観客配信)と歌舞伎「義経千本桜・二段目」(国立劇場小劇場・3月歌舞伎Aプロ)がYoutubeにて、4月30日(予定)まで鑑賞可能です。見比べましょう。
金沢能楽会無観客公演 半能「船弁慶」Noh performance,Funabenkei(latter half),kanazawanohgakukai
【期間限定】国立劇場 歌舞伎『義経千本桜』Aプロ 鳥居前・渡海屋・大物浦 KABUKI “Yoshitsune Senbon Zakura” Program A
●解説等
能・演目事典:船弁慶:あらすじ・みどころ
碇潜 | 銕仙会 能楽事典
義経千本桜 | 文化デジタルライブラリー
義経千本桜 - Wikipedia
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