哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2020年9月の読書のこと「三体」

■三体(劉慈欣/早川書房)のこと

 話題のSF小説『三体』であるが、友人がInstagramでおすすめしているのを見て地元の千葉市図書館に予約を入れたところ、半年ほどで順番が回ってきたので、感想を記す。

三体

三体

 
 ●『三体』概要

 物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。
 数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体〈科学フロンティア〉への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?
 本書に始まる《三体》三部作は、本国版が合計2100万部、英訳版が100万部以上の売上を記録。翻訳書として、またアジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作。

【主な登場人物】
葉哲泰(イエ・ジョータイ/よう・てつたい)
紹琳(シャオ・リン/しょう・りん)
葉文潔(イエ・ウェンジエ/よう・ぶんけつ)
葉文雪(イエ・ウェンシュエ/よう・ぶんせつ)
雷志成(レイ・ジーチョン/らい・しせい)
楊衛寧(ヤン・ウェイニン/よう・えいねい)
楊冬(ヤン・ドン/よう・とう)
丁儀(ディン・イー/ちょう・ぎ)
汪淼(ワン・ミャオ/おう・びょう)
史強(シー・チアン/し・きょう)
常偉思(チャン・ウェイスー/じょう・いし)
申玉菲(シェン・ユーフェイ/しん・ぎょくひ)
魏成(ウェイ・チョン/ぎ・せい)
潘寒(ファン・ハン/はん・かん)
沙瑞山(シャー・ルイシャン/しゃ・ずいさん)
マイク・エヴァンズ.
スタントン大佐

 上記の通り、舞台が中国であるので当たり前だが、中国人名が大量に出てくる。結構、辛いものがある。いっそ全て中国語読みのカタカナ表記としてくれれば良いのだが、漢字表記かつ章内では2度目以降はルビ無しであるため、何度も巻頭の登場人物一覧を見返す必要があった。というか、そういう懸念があるから、登場人物の一覧が別紙で付されているのだろう。
 見ての通り、中国語読みと日本語での読みと二種類が記載されており、こうなると中国語の原音に近い方で読み進めたいが、全く覚えられない。かといって日本語風の読みも、そもそも日本語ではあまり目にしない漢字も多く、わかりにくい。良い小説であるのだが、日本人的に最大のウィークポイントはここである。

 ●『三体』感想

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 さて、それでは本書の印象に残っている文章も引用しつつ、感想を記載していきたい。

 物語は文革期の知識人への弾圧で、理論物理学者である葉哲泰が殺害されるシーンから始まる。その後しばらくは、娘である若き天体物理学者の葉文潔を中心に、物語が進み、そうか私は彼女に感情移入しながら、激動の文革期を生き残っていくのだ、と思っていたら、不意に物語は数十年後に飛び、主人公もナノマテリアルの研究者である、汪淼となる。これにはあっけにとられた。
 この葉文潔が主人公を張る序盤は、SF的な要素は薄く、私にとっては暗い歴史の中の中国で、泥臭く生きる人のハードボイルドな物語という印象であったのに対して、以降の現代の描写は明るく、清潔で無機的で、そしてSF的などこまでが本当かわからない科学技術・用語がてんこ盛りのストーリーとなる。

――すべての証拠が示す結論はひとつ。これまでも、これからも、物理学は存在しない。この行動が無責任なのはわかっています。でも、ほかにどうしようもなかった。(p66)
 これは葉文潔の娘であり宇宙論研究者の、楊冬が自殺の際に残した遺書である。この文章を読んだ時も、はたしてこの物語がどういう方向へ向かっていくのか、私にはまったく予想がつかなかった。ただ『あなたの人生の物語』(テッド・チャン/早川書房)に収録された短編小説「ゼロで割る」で、女性数学者が数学の矛盾を証明してしまう(そしてそれは、神学者が神の不存在を証明してしまうようなことである)ことを思い出していた。

――始皇帝は手にした長剣を高く澄んだ大空へ向けて、大きな声で叫んだ。「計算陣形(コンピュータ・フォーメーション)!」(p236)
 さて主人公である汪淼は、科学者の不可解な自殺の調査に協力する中で、色々と不可思議な体験をし、そしてVRコンピュータゲームである、三体をプレイするようになる。このゲームは三体人という人々の世界にプレイヤーが入って、文明を継続させる内容である。異常気象等で文明が滅びるとゲームオーバーで、次にログインすると、新たな文明の物語であるが、過去に滅んだ文明の記録はその新しい三体文明に引き継がれている、という設定らしい。便宜的に三体人は地球人と同じフォルムで表現され、文明ごとに歴史上の知識人たちが、時代考察を無視して登場する。墨子アインシュタイン等が。上のシーンはノイマン始皇帝の配下を使って、三体人ひとりひとりにゼロとイチを表現させる回路を組み上げたときのものだ。ありえないと思うが、無数の人間が手旗信号でコンピュータのような演算を行うシーンは想像すると、壮大である。

――応答するな! 応答するな!! 応答するな!!!(p300)
――この世界はあなたがたのメッセージを受けとった。わたしはこの世界の、ある平和主義者です。この情報を最初に受けとったのがわたしだったことは、あなたがたの文明にとって幸運でした。あなたがたに警告します。応答するな! 応答するな!! 応答するな!!!(p300)
 上記は(VRゲームではなく)現実世界において、平和主義の三体人である1379号監視員から、地球人が初めて受け取ったメッセージである。これは震えた。宇宙からの”応答するな”というメッセージ、なんかわからんけど、かっこよ。

――来て! この世界の征服に手を貸してあげる。わたしたちの文明は、もう自分で自分の問題を解決できない。だから、あなたたちの力に介入してもらう必要がある。(p304)
 対してこちらが上記メッセージに対する、ある地球人の反応である。
 かつて西欧人は、黒人やアジア人を人種や文化が違うというだけではなく、文明が劣っている、と考えていたそうである。つまり日本の帯で止める服を纏い、草木の家に住む生活様式は、西欧と文化が違うのではなく、文明が進めば西欧と同じになるのだ、と。それゆえ植民地として支配し搾取するのではない、我々西欧人が彼らにキリスト教を教え、啓蒙し、文明を発展させてやるのだ、こういった考え方が大真面目に主張されていたと聞いたことがある。
 この地球人はそれと同じことを、反対からやろうとしているように見える。

――1379号監視員は……(p382)
 この三体人は、終始彼の仕事名、その通し番号で呼ばれる。サラリーマンであり、○○社の○○係でしかない私にとって、彼には同情せざるを得ない。

――史上はじめて、三体文明が宇宙のもうひとつの文明から情報を読みとった瞬間であった。このメッセージを受信された世界のみなさんに、お喜びを申し上げます。……(p384
――遥か彼方にある、あのパラダイスを失いたくない。たとえ夢の中であったとしても――。(p387)
――三体人が地球人とともにあの世界を共有するなど、ありえないことです。(p390)
――地球では、すでに三体文明が一種の宗教となっていますが、三体世界でも、地球文明がそうなる潜在的な可能性があります。(p411)
 そしてこれらもまた、地球人と地球人の辿ってきた歴史の写し鏡のようである。西欧文明は、その植民地拡大・帝国主義の歩みの中で、自身より劣っているはずの文明にたいして異国情緒を感じたり、一部の西欧人が東洋の仏教思想に関心をいだいたりと、ピュアさや神聖さを他文明に見出していたそうだ。そして三体人もまた同様に、自分たちよりも技術面で劣った地球を理想郷と見なしている。反対に明治初期の日本が西欧の生活様式を信望したように、この物語の一部の地球人も、自身より上位の存在である三体人を信望し、その手による社会変革を望むのである。

――九次元構造を二次元に展開する?(p401)
――『智子フォーメーション、十一次元に移行せよ』(p418)
 物語終盤、三体人がいかにして地球攻略に手を付けたかが描かれる。次元を行き来するのだ。九次元を二次元に展開すると、大きな二次元(平面)が生まれるが、そのあたりがよくわからない。九次元がなんたるかを私はわからなかいからである。わからないけれど、想像すると楽しい。

――地球人を虫けら扱いする三体人は、どうやら、ひとつの事実を忘れちまってるらしい。すなわち、虫けらはいままで一度も敗北したことがないって事実をな。(p430)
――「これが、人類の落日――」文潔は静かにつぶやいた。(p433)
 史強という態度の悪い警察感が、物語のなかで常に汪淼を支えて、勇気づける。上記の虫けらについても、史強の言葉である。力強い、良い言葉だと思う。

  以上、思うままに書いてみた。いずれにしてもこの物語がどう展開するか、2作目、3作目を読まねばわからない。楽しみである。

 ●『三体』回想

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  本書の中で気になった・わからなかった用語やできごとを、列挙する。

  • 文化大革命:中国で1966年から10年程続いた政治闘争。国家主席を追われた毛沢東共産党主席による政権奪還運動で、封建・資本主義を打破し社会主義文化の創成を目指した。学生ら紅衛兵による権力者や知識人に対する弾圧が行われた。紅衛兵の内部闘争や暴走で、制御不能になった後、1976年の毛沢東の死後、収束した。
    (参考:毎日新聞 他)
  • ナノマテリアル:「ナノ」とは、「1 mmの100万分の1の長さ」を表すことばで、これに「原料」の意味をもつ「マテリアル」を結合させた「ナノマテリアル」は、「ナノ原料」という意味。大きさが100 nm以下の小さな物質を指すことばだそう。
    なかでもカーボンナノチューブは非常に高い導電性、熱伝導性・耐熱性を持ち、細く軽く柔軟性に富み、非常に強度の高いものだそうである。
    (参考:日本化粧品工業連合会 他)
  • 宇宙エレベータ:宇宙エレベータ(地球の地面と地球の自転と同じ速度で公転する(常に同じ場所の真上を飛んでいる)軌道衛星とを結ぶエレベータ)は技術上の課題、特に宇宙から地上へ吊り下ろせる強度を持つケーブル素材(ちなみに衛星を上下に引っ張る必要があるため、地上と反対方向にもケーブルを伸ばすのだそうだ)がないために、夢物語にとどまっていたが、1991年にこの条件に応えられる素材「カーボンナノチューブ」が発見されたそうである。
    (参考:JSEA 一般社団法人 宇宙エレベーター協会 他)
  • 11次元:わからん。調べてみたけれど、まじでわからん。
    ただし、本書の中でも高次元(微小)を2次元(平面)に展開(ものすごく大きくなる)して、細工をしてから高次元(ちっさい)に戻す、という描写がある。これが人間にとっての綱渡りが1次元(一本の線の上を前進するか後退するか)であるが、アリにとっては2次元(平面に動ける)、つまりアリにとっての+1次元の部分は人間にとって隠されている(極めて小さくなって畳み込まれている)という説明と符合する。
    なんか説明と物語が矛盾はしないけど、全く理解が追い付かない……。
    (参考:「11次元」超弦理論による次元の数:数字で見る IT Insight|Best Engine 他)

■ちょっと関連

philosophie.hatenablog.com

三体、読了しました。面白かったです✨ はじめ、文革の血なまぐさい描写で、しかも読み方の覚えられない中国人名が続出して、馴染むのに時間がかかり、突然時代が現代に移り汪淼の身の回りに不思議なことが起こりと、なかなかついていけませんでしたが、中盤以降VRゲームや過去の紅岸基地の回想が始まって、一気に読み進めました❗陽子レベルのミクロから宇宙レベルのマクロまで、スケールが大きく、すごい💡