哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2021年2月の読書のこと「アメリカン・ブッダ」

アメリカン・ブッダ柴田勝家/早川書房)のこと

柴田勝家の似顔絵イラスト

 大河ドラマ麒麟がくる」で柴田勝家役の安藤政信
イケメンすぎるきらいがあり。もう少しこう、太くて豪
快そうな、そうそうこれこれ、というまさに柴田勝家
ビジュアルなのが本書の著者である柴田勝家。気になる
なら、画像検索をしてみるとよろしい。私も『ヒト夜の
永い夢』がWebで紹介されているのを読んで、あれ、
これ武将の名前じゃ……、と思ったものであるが、
調べてみたらただの武将だった。

  読書をしていると不思議に読んだ本がリンクすることがある。たまたま続けて読んだまったく別の本が、根底で繋がっているような。今回はそんな読書体験の話である。

 昨年だと乾緑郎の『機巧のイヴ: 帝都浪漫篇』を読んだ後に、村山由佳の『風よあらしよ』を読んだ。(ちなみに、「機巧のイヴ」シリーズ三部作は、それぞれに物語の年代や舞台が異なっているが、どれも設定や雰囲気が大好きである。それだけに、物語の結末が暗くグロテスクに過ぎるので、残念である。)さて、この「帝都浪漫篇」はシリーズ3作目にあたり、架空の日本を舞台に、大杉栄社会主義者たちをモデルにしたと思われる人物が、主要キャラとして活躍する。そのSF小説を読了した後に、伊藤野枝(彼女の3番目の夫が大杉栄)の評伝小説である『風よあらしよ』を読んだわけで、大杉の生活や、関東大震災そして大杉と野枝の殺害等、史実をそのまま取り込んだのだ、ということがわかり、面白かった。

 さて、最近もそんな経験をした。webの記事で作家の柴田勝家のことを知り、SFという情報だけで『アメリカン・ブッダ』を読み始めたのだが、著者は非常に民俗学に造詣の深い方らしく、収録された短編のどれにも、神話や民話、歴史といった背景が存在していて、それを最先端のテクノロジー、SFと組み合わせていて、大変おもしろく読んだ。そしてそうしたバックボーンになる民話やモデルが、直前に読んでいた鎌田東二の『南方熊楠宮沢賢治』という新書で語られた、熊楠のエピソードや、賢治周辺の妖怪たちの民話と同じで、驚いた、という次第である。いずれにしても、本との出会いに感謝である。

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

アメリカン・ブッダ (ハヤカワ文庫JA)

 

 本書は著者初の短編集だそうで、6つの短編が収録されている。どれもその設定の発想力に驚かされるものであった。また短編集というと、その物語の世界観にひとつひとつ入り込むのに苦慮することがあるのだが、本書ではそのような苦労は皆無であった。SFでありながら、現代の日本と地続きであったり、そうでなければ未知の土地に来た旅行者を導くように、懇切丁寧に読者をガイドしてくれる、説明の分かりやすさが、その理由であろうと思う。

 6作の中で、私がとくに物語にのめり込んで楽しんだのが「邪義の壁」である。その前の「鏡石異譚」しかり、舞台は東北である。柳田國男のイメージだろうか、民俗学的に東北は親和性の高い土地に思われる。「邪義の壁」はある旧家の一室に残された、「ウワヌリ」と言われる壁が主題となる。キーワードは「隠し念仏」である。私はこの隠し念仏という言葉を上述の鎌田東二の著作で初めて知った。浄土真宗の流れは汲んでいるのだが、浄土真宗内からも異端(異安心)とされる秘密主義を持つ民間信仰であるそうで、宮沢賢治にこうした信仰のルーツがあったとか。ともかく、そうした異端とされた人々の歴史を扱ったのが、この短編であり、そうした過去に思いを馳せつつ、物語としても印象的にできていて、良いのだ。

 また発想が素晴らしいのは「検疫官」である。今、世界中が新型コロナウイルス感染症の恐怖におびえている。その流行は2019年12月に中国から始まったが、それに先駆ける2018年10月号の『SFマガジン』が初出だそうである。この作品の舞台となる架空の国での感染症は「物語」である。空港の検疫官のジョンが主人公であり、他国で物語に触れた人を隔離して忘れさせたり……、等々。確かに物語があるから社会的な不都合が起きる、というのは事実であろう。一例をあげると世界では形を変えながら、キリスト教を信じる人と、イスラム教を信じる人の戦争が、1000年も続いてるが、これもそれぞれの宗教の物語を信じる人の戦いであり、その戦いの歴史すら物語となって、戦いを煽っている。物語には力があって、その使い方次第で、毒にも薬にもなる。

 そんな物語=言葉の持つ、人を扇動する力が示されるのが「一八九七年:龍動幕の内」で、これは『ヒト夜の永い夢』の前日譚だそう。是非そちらも読んでみたい。この短編では南方熊楠孫逸仙(文)が活躍する。作品の最後で二人が別れるシーン、熊楠のノートに逸仙が「海外逢知音」と書き残したことは史実だそうで、そのノートが残っているのだとか。

 その他、「南雲省スー族におけるVR技術の使用例」および、表題作「アメリカン・ブッダ」を収録。良書。

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