哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2021年3月の読書のこと「三体Ⅱ 黒暗森林」

■三体Ⅱ 黒暗森林(劉慈欣/早川書房)のこと

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●黒暗森林のこと

 さて、中国発のSF大作である『三体』の第二巻をようやく読了した。前回、第一巻を読了後に、地元の図書館に予約を入れたため、半年以上順番待ちをした、ということになる。しかし、相変わらずのスケールの大きさや読者を引きつける内容等、それだけ待たされても納得の、素晴らしい作品である。

 前作において、汪淼(ワンミャオ)というナノマテリアル研究者が主人公(の一人)であり、三体というVRゲームから、次第に三体文明の存在や、彼らと地球文明の接触、地球三体協会の目論見が明らかにされていき……、というところであったが、今回は汪淼は登場せず、代わって羅輯(ルオジー)という天文学者が活躍する。そして彼を支えるのは前作から引き続き登場する元警察官の史強(シーチアン)だ。汪淼や羅輯といった知性が勝った人物だけでは挫けてしまいそうになるのを明るく盛り立て、まさに身を挺して守るのがこの史強であり、めちゃくちゃカッコいいのだ。前作での初登場シーンではイマイチな描かれ方であるが、そこからぐんぐん好感度を上げ、もはやただのナイスガイである。

 中国の史実である文化大革命の描写から始まった本シリーズ、私はある種現実と地続きというか、こうあったかもしれない世界を前作の物語の中に見ていたのだけれど、そういったリアリティは今回、息を潜める。物語のスケールは一気に加速し、迫りくる三体文明からいかに地球文明を守るのか、そういった宇宙規模の戦いが繰り広げられるのが本作である。それも戦闘機同士のドンパチのような、単純な争いにしなかったことに、この物語の面白さはある。

 当初、三体艦隊が地球に到着する450年後が、決戦の時とされていて、この結論は後に多少早まることになるのだが、いずれにせよ、数百年単位での戦いが繰り広げられる中で、地球文明側も三体文明の科学技術力に追いつき、追い越さんばかりの発展を遂げる。

 それだけの空間・時間の両方において、想像が追いつかないくらいに広がりを見せるのが本作である。作中の人物たちは結構もっともらしく、科学技術や兵器を駆使して、三体文明を退ける策を講じる。この辺の難しい単語たちは、私がSF初心者だからか、世情に疎いせいだか、いまいちピンと来ない。だから心底この物語世界に入り込めているのかは、疑問であったが、それでも目の前の登場人物が、おおよそどんなことをやろうとしているか、目の前で何が繰り広げられているかは、察することができる程度であるため、十分に楽しめた。思うに、現実の政治や軍事であっても、ニュースでそれを見るだけの我々には、完全に理解できている人は少ないが、なんとなくわかった気になっている。それと同じで、世界情勢のニュースを見るかのように、私は三体文明に対抗しようとする地球文明の策を観察した、(特に4人の面壁者を通して、)という感触である。

 作者劉慈欣の凄い点は、この面壁者の発明である。智子と呼ばれる偵察が三体文明から送り込まれている以上、地球で語り合われた対三体文明の策は、三体人に筒抜けになってしまう。だからこそ、独立して強い権限の元に、頭の中だけで作戦を作って遂行する、面壁者が必要になるのである。

 羅輯をはじめとした4人の面壁者がどんな策を講じたのか、そして地球文明と三体文明の戦いは、いかなる結果となったのか、それは是非本書を読んでご確認いただきたい。

●面壁者羅輯様

 初めてお便りいたします。

 まずあなたの活躍が記された作品の副題を、ずっと暗黒森林だと誤認していたことを、お詫びいたします。もちろん、黒暗森林が正解です。大変失礼いたしました。これについて、葉文潔に託された、宇宙社会学の二つの公理「文明は生き残ることを最優先とする。」と「文明は成長し拡大するが、宇宙の総質量は一定である。」に加えて二つの言葉、猜疑連鎖と技術爆発をヒントに宇宙の有り様を、黒暗森林として描き出したのは、それは見事なことでした。確かにと納得させられ、興奮いたしました。しかしあなたはその理屈を、三体文明を脅迫することに使いましたが、反対にその理屈を持って三体文明が地球を攻撃しないのは何故でしょう。探査機出発の時点で三体文明が、その理屈に気づいていたのであれば、あなたが冬眠から目覚める前に地球を攻撃することができたのではないでしょうか。あるいは、あなたが恐れていたように、本当に探査機があなた一人の命を狙ってきたら。その辺りがわからない点でした。

 しかし、そんなことは些細な問題です。黒暗森林は一人の学者が妄想の中で生み出した理想の女の子を、世界危機に乗じて権力を乱用し具現し、挙句の果てに子どもまでこしらえる。確かに理由もわからずに世界の救世主に指名され、同時に命まで狙われ、また冬眠から目覚めたあとの労苦を思えば、そしてあなたの理想の女性と瓜二つの荘顔が受け入れているのであれば、面壁者であるあなたの心の支えとして彼女の愛は必要なものあったのかもしれませんが、あえて言わせていただきたい。羨まけしからん、と。

 あなたは理想の彼女がそこに存在すると、そう思いこむほどに妄想力豊かな方であったと思います。であるならば、この三体の物語世界そのものが、あなたが矛盾なく理想の彼女と結びつくために妄想した、セカイ系の物語なのではないか、とも思ってしまうのです。

三体Ⅱ 黒暗森林 上

三体Ⅱ 黒暗森林 上

  • 作者:劉 慈欣
  • 発売日: 2020/06/18
  • メディア: 単行本
 

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