哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

第31回久習會のこと @国立能楽堂「船弁慶」他

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国立能楽堂(東京都渋谷区)

 最近、拝見した能楽公演の感想を記す。

■2021年3月30日(火)第31回久習會のこと @国立能楽堂船弁慶」他

 シテ方観世流橋岡家の玄人門下による、第31回久習會公演を拝見した。狂言「魚説経」能「船弁慶」。

 能楽公演は原則的に、能の主役を演じるシテ方が主催し、三役と呼ばれるその他の役割をキャスティングする。本公演では上述の通り、久習會というグループが主催し、荒木亮さんが能の主役(シテ)、狂言では大蔵流善竹家の十郎さんがシテを勤め、ご子息の大二郎さんは能のアイ(能の中盤に登場して、物語を進行させる役)をなった。

 以前の記事でも触れた通り、私がよく松戸で能の詞章(台本)を読む講座に参加させていただき、色々なことを教えていただいた宮内美樹さんはこの久習會の一員で、昨2020年11月20日にがんのために亡くなった。

 今回の第31回久習會公演、主催の久習會は昨年宮内さんを失い、また狂言方の善竹家はやはり昨年、新型コロナウイルス感染症に伴う敗血症のため、十郎さんの長男で大二郎さんのお兄様にあたる、富太郎さんをなくされた。どちらも40代、これからの能楽界を背負って立つであろう若手を亡くした両家が、奇しくも同じ舞台に立っているなぁと、今年が良い年になればよいなと、そんなことを考えつつも拝見した。
 舞台は素晴らしかった。凄まじくパワフル。船弁慶の特に後場は、シテの知盛(荒木亮)はもちろん、ワキの弁慶(野口能弘)、アイの船頭(善竹大二郎)、子方の義経(根岸しんら)それぞれが大活躍する作品で、大きな身体の大二郎さんはじめ皆様、とてもパワフルなお声で、とても元気をもらった。
 根岸しんらさんは小学生で、宮内さんのお弟子さんとして、松戸の講座で何度も、机を並べて一緒に勉強させていただいた、私にとっては先輩である。彼女は約一年前(2020年3月)に予定されていた初舞台がコロナで伸び伸びとなり、そんなこんなで初舞台を踏めぬまま師匠である宮内さんを亡くし、やっと12月に初舞台、恐らく今回が二度目の能の公演なのではないか。舞台上の誰よりも大きな声で、凛としていてカッコよかった。観終えてとても清々しい公演であった。
 また、十郎さんが見せる満面の笑顔や、太鼓の小寺佐七さんの掛け声が、私は好き。 

■2021年4月4日(日)金春会のこと @国立能楽堂「嵐山」他

 シテ方五流派の中で最も古い歴史を持つ、金春流による公演、金春会定期能。長い……。12時半〜17時半まで5時間と、丸々半日、見所(客席)に座りっぱなし。拷問である。
 能「嵐山」は、桜が満開の嵐山で、神々が舞遊ぶおめでたい曲。後シテ蔵王権現のツレ子守の神と勝手の神を、女性の能楽師二人が勤めた。能面をかけてほぼ視界が効かない中で、お二人、息を合わせて同じ動きをなさっているのが、大変だなーと、感心した。また前シテおじいさんのツレのおばあさんは、シテを勤めた山井綱雄さんのご子息で山井綱大さんが立派に初面を勤め、とても華やかな舞台であった。
 狂言酢薑は、酢売りと薑売りが由緒を巡って秀句(駄洒落)で争う内容。酢売りを演じた、人間国宝(重要無形文化重要無形文化財保持者(各個認定))の野村萬さんを、生の舞台を拝見するのは初めて。素晴らしかった。90代だが、声も通って、面白かった……。ここで終わりで良くない?
 能「玉葛」、源氏物語を題材に夕顔の娘の玉葛を描いた曲。このタイミングで動きがない玉葛に集中するのは、無理。ごめんなさい。
 休憩はさんで、能「天鼓」は、中国を舞台に子供を殺された父親とその子供の幽霊の話で、すごくひどい話なのだけど、何故か悲惨さよりも美しさが前面に描かれる作品。

 櫻間金記さんのシテであったが、幕から出てきた瞬間から、こんなにああ老父だと感じさせて引き込まれるのは、初めての体験。何が違うのかはよくわからないけれど、役者が登場人物そのものに感じられたように思う。大声を出しているわけでもないのによく通る声で、後シテの天鼓の霊では、ちゃんと音楽に熱中する子供のように見える。 

■気になる言葉たち

船弁慶
  • 文治の初めつ方 文治初年=1185年
  • 不会 不和、仲違い
  • 落居 物事の決まりがつくこと
  • 雲水 行脚僧
  • 御諚 貴人の命令
  • 人口 人の噂
  • 事々し 大げさな
  • 数ならぬ 大した身分ではない
  • 木綿四手 玉串とかについているあのひらひらを木綿で作ったものらしい
  • げにげに 本当に本当に
  • 渡口の郵舩 渡し場の運送船
  • 謫所 罪を得て流された場所
  • 煙濤 水煙の立ち込めた水面
  • ただ頼め 標茅が原の さしも草 我世の中に あらん限りは 清水寺の観音歌
  • 悪風 毒気を含んだ
  • 索 綱
●嵐山
  • 当今 当代の天皇
  • 例(ためし) 前例
  • 御影 神や貴人の御庇護
  • 九重 都
  • 花車 花見の車
  • 轅 車の引き手
  • 戸無瀬 嵐山にある川?滝?
  • 渇仰 仏を心から仰ぎ慕うこと
  • 御理 もっとも
  • 影向 神仏が仮の姿で現れること
  • 神慮 神のお恵み
  • よも散らじ 散ることはあるまい
  • な知らせ給ひそ 知らせないでください
  • 羅綾 うすぎぬとあやおり。高級な美しい衣服。
  • 和光利物 仏が俗界に現れて恵みを与えること
  • 分段同居 凡夫も聖人もともに住んでいる娑婆の世界
  • 苦患(くげん) 苦しみや悩み
●玉葛
  • 初瀬 長谷寺奈良県桜井市初瀬
  • 古言(ふること) 昔から伝えられていること
  • 限り 最後、果て
  • いさや さあねえ、どうですかねえ
  • 寄るべ 身を寄せる、頼りにする所
  • 水馴棹 使い馴れた船の棹
  • むら時雨 晩秋〜初冬の雨
  • 綱手 船の引き手
  • 漲る 水の勢いが盛ん
  • 海人小舟 海人の乗る小舟。船が停泊することを泊(は)つ、ということから、ハツにかかる
  • なみ小舟 波間に漂う小さな舟
  • 匂ふ 色づける
  • ひとしほの 一段と
  • たぐいなや 比べるものがない
  • もの深き 奥深い、思慮深い
  • 補陀落山 観音菩薩霊場
  • 二本の 杉の立ち所(ど)を 尋ねずは 古川野辺に 君を見ましや(源氏・右近) 玉葛と右近は長谷寺の二本の杉で再会。初瀬川 ふる川野辺に 二本ある 年をへてまたも あひ見む二本の杉(古今)
  • 雲居 雲がたなびく、高く遠く、宮中
  • 萎る 悲しみ、しょんぼり
  • たつぎ 鐇。手斧
  • あしびきの 山、峰にかかる
  • 隠り江 隠れて見えない入江
  • かりに かりそめに
  • 業因 未来に苦楽の果報を招く因となる行為
  • ざらめや 〜しないだろうか、きっと〜する
  • 大慈大悲 広大無辺の慈悲
  • つくも髪 老女、老女の白髪
天鼓
  • 阿房殿 阿房宮by始皇帝
  • 雲竜閣 架空の宮殿
  • 鯉魚 孔子の子、孔鯉
  • いとなき 絶え間がない(暇無し)
  • いかでか どうして〜か、いやそんなはずはない
  • ぬ 〜てしまう、〜た
  • 力なし 仕方ない、どうしようもない
  • やがて すぐに
  • ひさかたの 月に掛かる
  • 世々ごとの 過去・現在・未来のそれぞれの世
  • 生々世々 生まれ変わり死に変わって経る多くの世
  • 親子は三界な首枷 親子の情はこの世で成仏しようとする心を束縛する
  • 草衣 草を編んだ粗末な衣
  • 心耳(しんに) 心を耳にすること
  • 竜顔 天子の顔
  • 糸竹呂律 色々な楽器での演奏
  • 三伏 夏の一番暑い時期
  • 玉の 美しい
  • 秋風楽、夜半楽 雅楽

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