哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

あいみょん「愛を知るまでは」のこと

あいみょん「愛を知るまでは」は何故名曲なのか

 

 本曲を主題歌とする、ドラマ「コントが始まる」(日本テレビ・主演:菅田将暉)は、菅田に仲野太賀、神木隆之介演じるコントトリオ「マクベス」の三人、そして彼らのファンであるファミレス店員役の有村架純とその妹役の古川琴音らを描く、青春群像劇である。二十代の後半を彼らは夢に破れたり、社会の荒波に揉まれたりしながら、それでも生きていくわけだが、そうしたストーリーと本曲の歌詞や曲調はよくマッチしている。

 私はドラマの主題歌を熱心に聞く方ではないから、ドラマの余韻に浸りながら、ああ流れてるなぁ、と耳に入ってくる程度なわけで、本曲との出会いも、そんな感じであった。あいみょんという歌手が人気であることは知っていたし、代表曲の一つである「マリーゴールド」という曲名は、何故か知っていたけれど、その程度の認識で、本曲についても特に意識せずに聞いていたと思う。それでも耳に止まったということは、最初の引っ掛かりは歌詞ではなくて曲調であったのだと思う。

 本曲はイントロとアウトロで鍵盤が強調される以外は、ドラムが奏でるエイトビートに、ギターの音がしてという、よくあるポップロックである。普通であるが、普通がいいのだ。また特にイントロの鍵盤がとても印象に残る。シンプルだけれど、静けさから徐々に、これから何かが始まるということを感じさせる。

 ドラマの主題歌として何か引っかかるものがあったのだろう、Amazon prime musicで改めて本曲を聞いてみたときのことだ。“愛を知るまでは死ねない私なのだ!”という(一部が本曲の曲名ともなっている)歌詞の一節がある。“あーいをーしーるーまーではーしーねなーいわたーしなのだっ”みたいな所である。ここが特に私に深い印象を残した。何度も言うが、メロディは爽やかなだけで普通である。歌詞の内容も、まあ現代音楽の中では普通のように思われる。つまり、普通のことを普通のメロディに乗せて歌っている。けれどその、普通の中に登場する“なのだ”がよい。

 敬愛する椎名誠のエッセイ集に、『かつおぶしの時代なのだ』(集英社)というものがある。“なのだ”の力強さを見たまえ。しかしこの「愛を知るまでは」の“なのだ”は、負けず劣らずよいのだ。何がいいって、“なのだ”等と言っている女子を思い浮かべるとよろしい。そこはかとなく良いではないか。「バカボンのパパ“なのだ”」と併せて、日本三大“なのだ”なのだと言ってもよい。そのくらい、私が改めて本曲を聞き直したときに、心に残った歌詞はこの部分であったのだ。

 そうして、いささか逆上していても仕方がないので、冷静になって歌詞を分析するに、「自分の見据えた目標に向いて自信がないこと」「自分だけにしかない何かがかけていること」「それでも今を歩んでいくしかないこと」「自分にまだ見えていないところに新たな出会いや可能性があること」「ひたすらに自分の気持ちに正直に、誠実に」といったことが歌われているように思われる。「愛を知るまでは」という曲名は一見するとラブソングのようにも見えるが、愛(恋愛)はその一事例に過ぎない。ある人にとっては仕事かもしれないし、勉強かもしれないし、とにかく遮二無二、何かに突き進む若者への賛歌が本曲なのだと思う。

 あいみょんの声は伸びやかで、中性的だ。この曲の主体はやや女性寄りなのだと思うけれど、彼女は「君はロックを聴かない」等、男性目線での曲も作っている。男性も女性もない(普遍的な)感情、葛藤にきちんと言葉を与えていることが、人気の理由かと思った。例えば本曲では、“空気が抜けたままの身体”という表現がある。もちろん身体は、一般的には風船状ではないので、空気が抜けることはないのだけれど、イメージはできる。いまいち本腰が入っていないような感じだ。もちろんそうした状況は、性差によらず発生しうるもので、共感しやすい。

 あいみょん「愛を知るまでは」はなぜ名曲なのか。まさか、“なのだ”一本槍が理由ではない。迷いながらも進んでいく等身大の若者を、素直に描き出すこと、そこに真摯に取り組んだ曲だと思うし、それに成功したからこそ、本曲が名曲であると思うのだ。

 

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