哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2021年10月の読書のこと「ビンティ 調和師の旅立ち」

■ビンティ 調和師の旅立ち(ンネディ・オコラフォー(月岡小穂=訳)/早川書房)のこと

【今週はこれを読め! SF編】アフリカの大地から、異種族が葛藤する宇宙へ | ニコニコニュース」にて紹介されていて、読み始めた作品。

 主人公のビンティは地球に住むヒンバ族の少女である。ヒンバ族の女性は赤土や植物の油等から作られるオティーゼを顔や肌に塗り、髪もドレッドヘアに塗り固める。オティーゼを塗っていない姿を見られることは裸を見られるようなもので、家族以外に見せることはないのだそうだ。またヒンバ族はその土地を大切に考えているため、村を離れることはタブーとされている。

 ビンティがそのタブーを破って大宇宙に飛び出し、惑星ウウムザ・ユニのウウムザ大学(様々な惑星から多くの異星人が訪れる一流大学)に進学することで、物語は始まる。ビンティは数学的瞑想(ツリーイング)の能力に秀でており、また父の後を継いで、一族の調和師師範(マスター・ハーモナイザー)になることが期待されている。また父はアストロラーベと呼ばれる、情報機器(私は通話や情報検索や体調管理ができることから、現代でいうスマートフォンのような印象を持っていた)を作って生活している。

 その辺りの単語は、今私が現代の日本人に分かるように説明してみても、分かるものではない。というか、私自身が彼女らの文化を日本語に翻訳して理解できていないので、説明のしようがない。是非本書を読んで、彼女らの言葉で、その世界観を体験してほしい。

 さて、周囲の反対を押し切って(生体の)宇宙船サード・フィッシュ号にてウウムザ・ユニを目指すビンティは、同じく地球に暮らすクーシュ族の(ビンティと同様にウウムザ大学にこれから入学する)同級生たちと親交を深めるが、クーシュ族と敵対関係にあるクラゲ型の異星人であるメデュースたちの襲撃を受け、話は展開していく。本書はビンティシリーズの中篇「ビンティ」「故郷」「ナイト・マスカレード」を一冊にまとめたものだそうである。三篇を通して、少数民族であるヒンバ族の少女が、クーシュ族やメデュースといった数でも力でも勝る男性たちの争いに巻き込まれながら、そして自身の属するヒンバ族の伝統の壁とも戦いながら、世界に調和(平和?)をもたらそうと奮闘する様が描かれる。是非、読んでいただきたい一冊である。

(以下、多分ネタバレを含みます。)

●作品の感想

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 著者のンネディ・オコラフォーは1974年生まれ、2000年にデビューし、本書の第一部である「ビンティ」で、2016年のヒューゴー賞ネビュラ賞、2017年のノンモ賞の中篇部門を受賞した、アフリカ(ナイジェリア)系アメリカ人の女性である。

 それ以上は彼女について、詳しくは知らない。著者の性別や肌の色が影響を及ぼすわけではないのに、この黒人女性が活躍する物語が黒人女性によって書かれたと知り、なるほどと思ってしまった(正直、海外(英語圏)のSF作品の著者として、私は白人あるいは男性、または、その両方というイメージを抱いていた)。それくらい私は世界に対して偏見を持っているし、それは私だけではないだろう。本作が描き出すのはまさにそうした、性別の違いや人種の違いについてである。

 ヒンバ族であるビンティは、同じ地球人であるクーシュ族と異星人であるメデュースとの争いに巻き込まれる他、(男性の長老がリーダーである)ヒンバ評議会とも戦うことになり、またそのヒンバ族は、砂漠民であるエンイ・ズィナリヤ族を野蛮人として見下している(そう、ヒンバ族はクーシュ族に見下されているだけではなく、見下しもするし、若い女性であるビンティに対して伝統的な生き方を押し付けたりもする)。こうした見上げ、見下し、という関係をフラットにしていくのが調和師なのだろう。また、これらの差別や争いの連鎖は当然に現代の世界が抱える、白人と黒人、男性と女性、伝統と革新、老人と若者といった対立がモチーフとして想起される。

 ビンティはヒンバ族であるだけでなく、メデュースから毒針を打たれたことでオクオコという触手を得てしまい、メデュースの友人であるオクゥと離れていても意思疎通ができるようになる。また祖母がエンイ・ズィナリヤ族であることから、ズィナリヤ(他の人には見えない架空のコンピュータを操作できるようなイメージ)の能力も開花させ祖母や父、ムウィンイらとも、遠くからコミュニケーションを取ることができるようになる。極めつけはビンティが死から蘇った際(サード・フィッシュ号の娘であるニュー・フィッシュ号での三日間の航海で蘇るのだが、まるで磔にされて三日目に復活したイエス・キリストのようだ。そういえば魚もキリストのシンボルであった……)、ニュー・フィッシュ号の微生物によって復活したことにより、ニュー・フィッシュ号とも感覚を共有していたり、ニュー・フィッシュ号からあまり離れては生きられないというペナルティを受けたりする。

 ちなみにビンティはこうした状況の中で、自分が何者か悩むことになる。自分は今でもヒンバ族なのか、それとも……。彼女は最終的にその全てを名乗り、ヒンバ族であり、メデュースであり、エンイ・ズィナリヤ族であり、ニュー・フィッシュである、それが自分であり、自分は自分である、ということになるわけである。先日、真鍋淑郎さんのノーベル物理学賞受賞が決まった。もちろん同じ日本にルーツを持つ身として、喜ばしいことに違いはない。ただし報道ではアメリカ国籍を取得した日本人という表現を多く目にし、○○人とは、ということについて考えてしまった。日本出身のアメリカ人ではないのだろうか。(つまりそうなると、海外からやってきて日本国籍を取得した人は永遠に日本人になれないのだろうか……、というか、○○人という呼び方がもはや、古いのかもしれないけれど。)

 閑話休題、そんな超自然的な能力や特徴を有するビンティであるが、彼女が戦争を止めようとし、調和をもたらそうとして駆使するのが、言葉であり対話である、というのが面白い。結局はカリスマが争いを止めてくれるわけではない、人々のコミュニケーションこそがこの世界に調和をもたらしてくれるものなのだ、と感じた。

 ところで、新型コロナウイルス感染症ワクチン(ファイザー製及びモデルナ製)はmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンで「ウイルスのタンパク質をつくるもとになる遺伝情報の一部を注射し、それに対する抗体などが体内で作られることにより、ウイルスに対する免疫ができ( mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンやウイルスベクターワクチンは新しい仕組みのワクチンということですが、どこが既存のワクチンと違うのですか。|新型コロナワクチンQ&A|厚生労働省)」るのだそうだ。本書の物語を経て、ビンティは元々持っていた、ヒンバ族やエンイ・ズィナリヤ族のDNAに加えて、メデュースやニュー・フィッシュ号(ミリ12という巨大なエビのような生物)のDNAを持つようになり、彼女の子どももオクオコを持つ可能性が高いとされる。こうした後天的な事情で遺伝子が変化する、ということは絵空事に思っていたけれど、起こりうる……、ということだろうか?

●作品の背景

 本書で描かれた事物のモデルについて、調べていく。まずアストロラーベという単語であるが、これは18世紀に六分儀が発明されるまで、天文学占星術の分野で天体観測を行う際に用いられた計算器具を指す名前である。本書で描かれたアストロラーベはこれよりも多機能で、現代のスマートフォンのような印象であるが、名前はそこからとっているのだろうと思う。

 また、ヒンバ族も実在して、その女性たちは肌に赤土を塗りこんで生活している。彼らがいるのがナミビアだそうで、ビンティの「あたしの名前はナミブのビンティ・エケオパラ・ズーズー・ダムブ・カイプカ・メデュース・エンイ・ズィナリヤ・ニュー・フィッシュよ」との名乗りとも一致する(ところで、ビンティの一人称の翻訳”あたし”はとても自然で良い。”私”でないのが良いのだ)。

 なお、本書の解説(橋本輝幸)では、エンイ・ズィナリヤ族の”エンイ”、”ズィナリヤ”という言葉の由来や、彼女の両親がアメリカへ移住せざるを得なかった背景(ビアフラ戦争)等が述べられている。そちらもご確認いただきたい。

【参考】「世界一美しいと言われる民族「ヒンバ族」に会ってきました!そして砂漠地帯の絶景巡り!!|トリドリ」「赤土色の肌が美しい!ナミビアに住む「ヒンバ族」の女性には秘密がいっぱい! | ナミビア | トラベルjp 旅行ガイド

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