哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

むすびの会20周年記念事業「祈りの表現」@銕仙会能楽研修所 のこと

■むすびの会20周年記念事業「祈りの表現」@銕仙会能楽研修所 のこと

www.musubinokai.org

 

 銕仙会能楽研修所にて令和4年8月10日(水)に開催された、むすびの会20周年記念事業「祈りの表現」(人間国宝によるお話と実演)を拝見したので、感想を記す。銕仙会能楽研修所は表参道駅より程近い、お洒落なアパレルやカフェの立ち並ぶ都会のど真ん中にある、コンクリート打ちっぱなしの建物に能舞台が入っている不思議な空間。見所(客席)は基本的には椅子がなく、座布団を敷いて座る。

むすびの会は、学校現場で日本の伝統芸能を体験的に学ぶ機会を応援することを目的に実演家、学校現場教員、研究者らで2002年に設立された協会です。実演家の学校等へのご紹介、普及活動、新しい切り口での紹介手法や教材開発にも挑戦しています。 むすびの会 日本伝統芸能教育普及協会


しまだ(東京都港区)

 この日の公演は三部構成。第一部では明治大学教授の波照間永子先生による解説付きで、琉球舞踊の「稲まづん」(志田房子)「かぎやで風」(志田真木)を鑑賞。前者が五穀豊穣、後者が国家安寧や子孫繫栄を寿ぐおめでたい内容。琉球舞踊の内、古典舞踊は江戸期以前、朝貢関係にあった中国の使者や日本本土の役人をもてなすために男性士族により上演された、宮廷の楽舞であるそう。拝見する機会があまりないので、その異国情緒漂う旋律・リズムは珍しく、大変楽しんだ。
 そして歌三線の仲村逸夫さんによる楽器の解説と実演。太鼓、筝、歌三線、笛、それにこの日は入っていなかったが胡弓が入って、琉球舞踊の五人囃子とのこと。能楽の五人囃子は雛飾りと同じく、謡、笛、小鼓、大鼓、太鼓。似ているようで違うのが、面白い。三線は胴に蛇の皮を張り、弦をはじく爪は水牛の角だという。能楽の小鼓や大鼓は馬の皮を、太鼓は牛の皮を使うことが多く、また歌舞伎等の三味線の胴には古来犬猫の皮が用いられてきた。日本の楽器はどうも私の性に合わないのである。

 第二部は人間国宝による対談。これが大変面白かった。琉球舞踊の太鼓、比嘉聰さんと、能楽の小鼓、大倉源次郎さん、そして琉球舞踊立方の志田房子さん、三人の人間国宝のお話を伺った。本公演のテーマ「祈り」にも関係するが、源次郎さんにより紹介された、房子さんが舞台裏(鏡の間)にて師匠のお写真を飾りそれを拝んで舞台に挑まれているというお話、とても素敵だと感じた。また対談中のふとしたタイミングで房子さんが見せる実演、ちょっとした手組の披露が恐ろしく滑らかで美しく、いたく感動した。
 またこの日は多くの学生が鑑賞に見えていて、事前に出演者への質問を出していたそう。何かを諦めずに続けるにはという質問に、房子さんがご自身の三歳頃のお稽古の様子をお話しくださった。踊りというと手の動きでするものと思っていたのに、入門してからずっと歩くお稽古ばかりをやらされていた。それが退屈で先生に辞めたいと言おうと思っていたら、お扇子を渡されて今日からそれを使ったお稽古をすると言われた。その後も一つのことがつまらなくなると、次の課題が与えられた、やめるのはいつでもできるというような内容。また源次郎さんは世阿弥の言葉を引いて、身体が能に向いていない時期(声変わりの時期等)こそ、しっかり稽古をしてその時期を乗り越えると力が付く、というようなことを仰っていた。
 対談の中で源次郎さんが口にした「源為朝」のこと、私は全く知らなかったので、少し調べてみた。源為義の子で、源頼朝義経兄弟からすると叔父にあたる人物である。保元の乱で父為義とともに崇徳上皇側について敗北。伊豆に流された人物だそうで、後に伊豆で勢力を伸ばしていたところを攻められて自害する。伝承ではその頃、伊豆に流される前あるいは伊豆を脱出して為朝は琉球に行っているのだそう。今帰仁村の運天港から上陸し、当地でなした子が後の琉球王朝の始祖舜天だという。この話は琉球王国の正史である『中山正鑑』にも残されているそうで、舜天と母が伊豆に戻った為朝の帰りを、牧港のガマで待っていたそう。それらの伝承は後に滝沢馬琴の『椿説弓張月』のテーマともされた。
 さらに沖縄のお盆にも話が及んだ。それも調べてみたところ、本土(私の地元である千葉県)のお盆と似ているように感じる。8月10日のウンケー(そう、公演当日はウンケーの日であったのだ)、11日のナカビ、12日のウークイ(放送中の朝の連続テレビ小説「ちむどんどん」(NHK・主演:黒島結菜)でも話題に出ていた)の三日間、祖先をお迎えしておもてなしをするというもの。こうした民間の文化・信仰は大変面白い。
 第三部は能楽。源次郎さんによる囃子方の紹介と実演。そして馬野正基さん・浅見慈一さん・北浪貴裕さんらによる舞囃子「弓八幡」。八幡神応神天皇とも同一視され、清和源氏氏神として知られる。琉球舞踊、能楽とも楽器に着目しながらその共通点や差異を楽しく知ることができたし、コンパクトな実演も拝見でき、私のような不勉強者には大変ありがたい、楽しく色々な知識を得ることができる公演であった。
 また本公演では何名かの学生さんが受付・誘導をなさったり、舞台上に時間を知らせるタイムキーパーをなさったり、舞台上の毛氈の撤収をしたりと、働かれていた。進行が非常にスムーズで大変感心したことを書き添えておく。

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