哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2024年4月の読書のこと「ハリー・ポッター」シリーズ

■ 「ハリー・ポッター」シリーズ(J・K・ローリング松岡佑子 / Pottermore Publishing)のこと


渋谷区立松濤美術館(東京都渋谷区)

 引き続き、ハリー・ポッターシリーズの原作を読み進めており、先日無事に読了したため、感想を記す。

第一巻『ハリー・ポッターと賢者の石
第二巻『ハリー・ポッターと秘密の部屋
第三巻『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人
第四巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット
第五巻『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団
第六巻『ハリー・ポッターと謎のプリンス
第七巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』

 一〜三巻の感想とシリーズ全体の大まかな話は、「2024年2月の読書のこと」にも書いたので、そちらも参照してほしい。なおハリー・ポッター関連作品である「ファンタスティック・ビースト」シリーズについては「映画等のこと⑲」にて言及している。

以下、ネタバレしかありません。


 本シリーズでは伏線というか、先の巻で登場する物や人が、実は以前の巻で登場している、ということがままある。ただ、本書の発行は巻ごとに一年以上空いていたので、新刊を読んでもこっそり登場していたそれらに気がつくことが難しかった。
 今回、私は全七巻がセットになった電子書籍でシリーズを読み、気になるワードは気軽に全巻を検索にかけることが出てきたので、ひっそりと何度も登場する名前等を知ることができて、楽しかった。
 第三巻で登場するシリウス・ブラックの名前が、第一巻の序盤に出てきているのは有名な話だ。

大男はそーっと注意深くバイクから降りた。
「ブラック家の息子のシリウスに借りたんでさ。先生、この子を連れてきました」

――ハリー・ポッターと賢者の石

 ハグリッドが赤ん坊のハリーを、ゴドリックの谷からプリベット通りへと運んだ空飛ぶバイクは、第七巻で再登場して、二人がプリベット通りからデッド・トンクスの家へ向かうのに再使用する。ムネアツである。

「(略)同じ局には、パパともう一人、パーキンズっていう年寄りきりいないんだから。二人して記憶を消す呪文とかいろいろ揉み消し工作だよ……」

――ハリー・ポッターと秘密の部屋

 ハリーの親友ロンの発言。彼の父親で魔法省に勤めるアーサー・ウィーズリーの同僚、パーキンズの名前は第二巻で初登場した。第四巻のクィディッチ・ワールドカップでは、ウィーズリー一家はパーキンズの魔法のテントを借りており、第七巻でこのテントはハリー、ロン、ハーマイオニーが旅をするのに活躍する。
 パーキンズ本人は第五巻で初登場し、第七巻のロンの長兄ビルの結婚式にも出席している。

「ああ、アーサー!」パーキンズはハリーには目もくれず、絶望的な声を出した。「よかった。どうするのが一番いいかわからなくて。ここであなたを待つべきかどうかと。(略)」

――ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

 ところで、同じく第五巻では魔法史のビンズ先生がハリーの名前を誤ってパーキンズと呼ぶが、ビンズ先生は昔教員室の暖炉の前で居眠りをしてしまい、その時にはすでに相当の歳で、翌朝起きてクラスに行く時に、生身の体を教員室に置き去りにしてきてしまったという人物であるため、アーサーの同僚のパーキンズを教えていたとしても不思議はない。

ビンズ先生は、明らかに不意打ちを食らった顔だった。「そう……そうね。医務室……まあ、では、行きなさい。パーキンズ……」

――ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

 人物だけでなく、キーアイテムも以前の巻での登場が伏線となっていたりする。

ハリーは急いで周りを見回し、左のほうに大きな黒いキャビネット棚を見つけ、中に飛び込んで身を隠した。

――ハリー・ポッターと秘密の部屋

 ノクターン横丁にある、ボージン・アンド・バークスは、本シリーズのラスボスであるヴォルデモート卿(トム・リドル)がホグワーツ卒業後に勤めた店と、第六巻で発覚するが、初出は第二巻。紛れんでしまったハリーが店内に並んでいるのを見た"輝きの手"や"呪われたネックレス"も、同じく第六巻で再登場する(つまり四、五年売れていなかったということか……)。そしてその二つ以上に、シリーズの重要アイテムとなってくるのが、ハリーが隠れたキャビネット

「うん。モンタギューのやつ、休み時間に、俺たちからも減点しようとしやがった」 ジョージが言った。
「『しようとした』って、どういうこと?」ロンが素早く聞いた。
「最後まで言い終らなかったのさ」フレッドが言った。
「俺たちが、二階の『姿をくらます飾り棚』に頭から突っ込んでやったんでね」

ー『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

「壊れて、何年も使われていなかった『姿をくらますキャビネット棚』を直さなければならなかったんだ。去年、モンタギューがその中で行方不明になったキャビネットだ」

――ハリー・ポッターと謎のプリンス

 この二つはハリーの通うホグワーツ魔法魔術学校にあるキャビネットについての記述。実はボージンアンドバークスのキャビネットは、こちらのキャビネットとつながっており、ハリーのライバル的存在であるドラコ・マルフォイが死喰い人というヴォルデモート卿の仲間を学校内に手引するのに使うことになる。
 第二巻の時点でどこまで作者は想定していたのだろう? 話の詳細まで浮かんでいたのだろうか? 実はホグワーツとつながっていることまでは、設定していたのだろうか?

誰も開けることができない重いロケット、古い印章がたくさん、それに埃っぽい箱に入った勲章。魔法省への貢献に対して、シリウスの祖父に贈られた勲一等マーリン勲章だった。

――ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

 サラザール・スリザリンはホグワーツを創設した魔法使いの一人である。彼ゆかりのロケットは子孫に受け継がれていくが、トム・リドル(若き日のヴォルデモート卿)に奪われ、第六、七巻に登場しキーアイテムとなる。そのロケットが実は、第五巻で登場したブラック家の館にあったロケットであることは、物語で言及されている。

 シリウス・ブラックは、ハリーの父であるジェームズ・ポッターの親友で、ハリーの名付け親。私は名付け親というものがよくわかっていなかったのだけれど、後見人といった立ち位置らしい。
 ハリー一歳の時、ヴォルデモート卿がポッター家を襲い、両親は殺され、ハリーは額に稲妻形の傷を負いながら生き延びる。何故かこのときにヴォルデモート卿が力を失う。これが本シリーズの発端である。
 シリウスはポッター家が隠れていた家を唯一知っている人物であったが、裏切ってヴォルデモート卿に教えた。逃亡過程で、多くのマグル(非魔法族)と、ジェームズやシリウスの学友ピーター・ペティグリューを殺害した罪で、魔法使いの監獄アズカバンに十二年間服役した後、ハリーが十三歳のときに脱獄した。しかしそれは、全くの誤りで……、というのが第三巻のあらすじ。
 上述の通り、シリウスはハリーの名付け親として、ハリーのことを非常に大切にする。時折、ハリーのことをジェームズと混同しているような描写はあるが、それでもハリーのためになにかしたいと考えている人である。恐らく、シリーズの登場人物の中でも人気だと思う。私も好きだ。

ハリーは弾かれたように立ち上がり、叫んだ。
「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」
またしても、ドロホフの両腕両脚がパチンとくっつき、ドサッという音とともに仰向けに倒れた。
「いいぞ!」シリウスは叫びながらハリーの頭を引っ込めさせた。二人に向かって二本の失神光線が飛んできたのだ。「さあ、君はここから出て――」

――ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

 上のシーンの直後、シリウスは最期を迎える。本シリーズは魔法使いのゴーストが何人も登場する以外に、様々な魔法や魔法の品により、死んだはずの人物が現れる。それはハリーや人々の記憶に過ぎないようなものなのだけれど、それでも記憶の中のシリウスや彼が残した物は、ハリーの両親や様々な人々の記憶とともに、ハリーを支え続ける。
 なお、引用したシーンのシリウス、映画版では「いいぞ、ジェームズ」等と発言しており、ここでもハリーの中に親友の姿を見ていたことが表現されている。

ゆっくりと――しかし、互いの不幸を願っているかのようにギラギラと睨み合い――シリウスとスネイプが歩み寄り、握手した。そして、あっという間に手を離した。
「当座はそれで十分じゃ」ダンブルドアが再び二人の間に立った。

――ハリー・ポッターと炎のゴブレット

「警告したはずだ、スニベルス」シリウスが言った。シリウスの顔はスネイプからほんの数十センチのところにあった。「ダンブルドアが、貴様が改心したと思っていても、知ったことじゃない。わたしのほうがよくわかっている――」

――ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

 セブルス・スネイプはホグワーツで魔法薬学を教えている先生であり、ハリーは入学以来、スネイプにいじめられている。理由はスネイプが、ジェームズやシリウスと同学年で、犬猿の仲だから。もっともスネイプは、自身が寮監を務めているスリザリン寮の生徒以外を、嫌っているふしはあるけれど。
 第三巻でハリーらには誤解が解けたとはいえ、世間的には脱獄囚であるシリウスは、第四、五巻と逃亡生活を送る。特にヴォルデモート卿が復活して以降、第五巻では、魔法使いの役所である魔法省からも、ヴォルデモート卿らの闇の陣営からも狙われている。ヴォルデモート卿と戦う不死鳥の騎士団の本部として、自身の実家を提供して自身も本部にこもりきりとなる。
 周りの魔法使いが命をかけてヴォルデモート卿に抵抗している中で、何もできないシリウスは焦りを募らせる。とくに大嫌いなスネイプがとりわけ危険な任務についており、本部で顔を合わせるたびに嫌味を言われることは、焦りの要因になりうる。シリウスの死は様々な不幸が重なった結果だけれど、こうしたシリウスの焦りはその一因だ。

 さて、スネイプが務めた危険な役回りとは何か。スネイプこそ、このシリーズ最大のどんでん返しであり、ハリー・ポッターと並ぶ本作の主人公とさえ言えるかもしれない。
 スネイプはかつて死喰い人であった。ある出来事がきっかけで、ヴォルデモート卿のもとを去り、ホグワーツの校長であり不死鳥の騎士団を組織した、アルバス・ダンブルドアに従っている、と思われている。はたして?
 上の引用の通りシリウスはそのことをあまり信用していない。なお、シリウスの生まれたブラック家の一族は多くがスリザリン寮に入り、死喰い人等闇の魔法使いになっている。勇気あるものが住まう寮グリフィンドールに入り、後にヴォルデモート卿と対抗したシリウスのような異端派は、家系図からも消されてしまう。その出自故、シリウスはスリザリン寮出身者や闇の魔法使いへの嫌悪が顕著だ。

 そしてハリーも常々スネイプを疑い続ける。第一巻でスネイプはハリーの命を救おうとしており、その後もハリーが本当に危険な際は先生らしく助けようとするが、それ以外のシーンで理不尽すぎるため、信用されないのである。
 しかしそんなハリーが最も得意な呪文の一つが、スネイプから教わった武装解除の呪文であることは、示唆的である。

二人とも杖を肩より高く振り上げた。スネイプが叫んだ。
「エクスペリアームス! 武器よ去れ!」
目も眩むような紅の閃光が走ったかと思うと、ロックハートは舞台から吹っ飛び、後ろ向きに宙を飛び、壁に激突し、壁伝いにズルズルと滑り落ちて、床に無様に大の字になった。

――ハリー・ポッターと秘密の部屋

 なおもう一つハリーを象徴する呪文は、やはりジェームズの学友であり、ハリーが三年生のときに闇の魔術に対する防衛術の先生であったリーマス・ルーピンに習う、守護霊の呪文である。

 ところで呪文といえば、引用した第二巻の決闘クラブでハリーが武装解除を学んだ際、ドラコ・マルフォイがハリーに向けてタラント・アレグラという、相手を踊らせる呪いをかけている。ハリーはドラコにくすぐりの呪文をかけており、子ども同士の呪いの掛け合いと考えれば微笑ましいのだけれど、第五巻の終盤、この呪文は再登場する。

「タラントアレグラ! 踊れ!」ドロホフは杖をネビルに向けて叫んだ。ネビルの足がたちまち熱狂的なタップダンスを始め、ネビルは体の平衡を崩してまた床に倒れた。

――ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団

 ドロホフというのは死喰い人であり、対するネビル・ロングボトムはハリーの同級生。確かに踊らせることでネビルは戦闘不能になるのだけれど、何故このシーンで? という違和感がある。このあと、ネビルがキーアイテムであるガラス玉を蹴飛ばして割ってしまうシーンがあるため、そのための伏線なのだが、とはいえ、命がけの戦いの中で出てくると、ねえ。

 ところで、本作には三つの許されざる呪文が存在する。

「『アバダ ケダブラ』の呪いの裏には、強力な魔力が必要だ――おまえたちがこぞって杖を取り出し、わしに向けてこの呪文を唱えたところで、わしに鼻血さえ出させることができるものか。しかし、そんなことはどうでもよい。わしは、おまえたちにそのやり方を教えにきているわけではない」(略)

「さて……この三つの呪文だが――『アバダ ケダブラ』、『服従の呪文』、『磔の呪文』――これらは『許されざる呪文』と呼ばれる。同類であるヒトに対して、このうちどれか一つの呪いをかけるだけで、アズカバンで終身刑を受けるに値する。(略)

――ハリー・ポッターと炎のゴブレット

 引用したのはハリー四年生の時の、闇の魔術に対する防衛術の授業シーン。アバダ ケダブラを使うにはそれなりの魔力が必要らしい。
 魔力を有限のものと考えるなら、不死鳥の騎士団と死喰い人の決闘でしばしば失神の呪文が使われ、アバダ ケダブラ(死の呪い)が意外と多用されないのは、呪文を外すこと等を考えるとあまり多用できないのだろうか?

 話を戻そう。シリウスとスネイプの話をしていた。恐らくシリウスと並んで、スネイプを愛する読者は多いと思う。どちらもかっこよく、そしてどちらも、全然完璧ではない。そんな人間らしさを各キャラクターが持っている。それが本シリーズの魅力である。

「僕を……見て……くれ……」スネイプが囁いた。
緑の目が黒い目をとらえた。しかし、一瞬の後、黒い両眼の奥底で、何かが消え、無表情な目が、一点を見つめたまま虚ろになった。

――ハリー・ポッターと死の秘宝』

 スネイプの死後、セブルス・スネイプという人物の、真実の姿がわかる。物語として、よくできている。スネイプの弱さは、誰もが多かれ少なかれ、共感するのではないかと思う。そして彼の勇敢さは、誰も真似できないと思う。

 以上が、私が今回シリーズを一気読みして抱いた感想の、特にお伝えしたい部分である。

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