■ 絵画等のこと㉑
北欧の神秘―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画
左上より テオドール・キッテルセン「トロルのシラミ取りをする姫」
トルステン・ヴァサスティエルナ「ベニテングダケの陰に隠れる姫と蝶」
ガーラル・ムンテ「山の中の神隠し」
ヴァノイ・プロムステット「冬の日」
2024年6月9日まで新宿のSOMPO美術館で開催中の「北欧の神秘―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」を拝見したので、感想を記す。
● 北欧の神秘―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画 のこと
本展は北欧のノルウェー・スウェーデン・フィンランド各国の国立美術館が所蔵する19世紀の絵画作品を一覧できる内容となっており、「序章 神秘の源泉――北欧美術の形成」「一章 自然の力」「二章 魔力の宿る森――北欧美術における英雄と妖精」「三章 都市――現実世界を描く」と題して、各国の自然、神話や説話、都市での日常を楽しむことができる。
19世紀はイタリアやドイツ、フランス等の大陸諸国に追従してきた北欧諸国にとって、ナショナリズムが高揚した時代であったそう。その中で工業化・都市化していく現実において、自然との調和・原始への回帰といった理想が抱かれたこと、北欧神話やフィンランドの民間叙事詩である「カレワラ」のような伝統文化への関心が高まったことが示される。また当然、そうして近代化していく都市、それがはらむ貧困等の現実を描き出した画家もいたとのこと。
描写の面でも、ロマン主義から写実的な表現方法へと変化していく様子がうかがえ、また一方でパリの芸術風潮であった印象派の影響を受けた作品もあることと、大まかに当時の北欧絵画の動向をつかむことができるように構成されており、私は大変わかりやすく感じ、楽しく拝見した。
では以下に私が関心を持った作品について記す。
- ヴァルネル・ホルムベリ「ハメ地方の郵便路、フィンランド」左奥から手前に続く小道を二頭引き馬車が向かってくるシーンなのだけれど、描かれた世界の奥行きが感じれられてしんみりした。ウマイル。(フィンランド→ドイツ)
- ファンニュ・クールベリ「ポルヴォー諸島の朝」水辺に浮かぶ何艘かの小舟に、漁師らしき男性が二人働いているのだけれど、しみじみと良い。水面の光の加減が綺麗であった。(フィンランド)
- カール・ステファン・ベンネット「ストックホルム宮殿の眺め、冬」月夜、雪の積もった街の様子なのだけれど、とても静かでよい。ウマイル。(デンマーク→スウェーデン)
- エーロ・ヤルネフェルト「雲の習作」縦長で青空に浮かぶ雲の絵なのだけれど、画面上部に世界が突き抜けて広がっている感があり、よかった。(ロシア→フィンランド)
- アウグスト・マルムストゥルム「フリチョフの誘惑」14世紀のアイルランドサガに取材した作品。王を殺せと黒い鳥に誘惑されるフリチョフを描いているのだけれど、とにかく黒い絵。先日、黒い絵がキーアイテムとなる映画「岸辺露伴 ルーブルへ行く」を観たばかりのせいか、印象に残った。(スウェーデン)
- エウシェン王子「工場、ヴァルデマッシュウッデからサルトシュークヴァーン製粉工場の眺め」観察したものをアトリエに戻って記憶を頼りに描くことで、自身の主観を入れていたとか。(スウェーデン)
- アンスヘルム・シュルツバリ「古い孤児院の取り壊し」凄くリアル。哀愁がある。(スウェーデン)
- ルイ・スパッレ「ヘルシンキの冬のモチーフ」奥から川が流れている夜景。(イタリア→スウェーデン)
併せて、本展作品の中で出てきた、気になるワードは以下。
- 北欧神話=世界の複数の領域を世界樹ユグドラシルが繋いでいる。神々、巨人、人類、怪物、妖精が共存し、世界の終末ラグナロクで滅びる、新しい世界が誕生する。
- リティ・シャシュティ=中世からノルウェーに伝わるバラッド。森の妖怪の王に誘惑され子供を授かった少女シャシュティ。
- ネッケン=スウェーデンの水の精らしい。
- ラリン・パラスケ=吟誦詩人とか。
- ヴァールバリ派=自国の独自性。
- カレワラ=フィンランド及びロシア北西部カレリア地方の民話や詩を集成したもの。
- イルマタル=カレワラで大気の女神。
- レイミンカイネン=カレワラでの英雄の一。
テオドール・キッテルセンの作品をアニメーションにした映像コーナーも、趣があり良かった。トロルやペスタ(ペスト)の話も出てきた。
私にとって北欧といえばスウェーデン系フィンランド人のトーベ・ヤンソンが生み出した、ムーミントロール。一部、最初のムーミン童話である『小さなトロールと大きな洪水』の世界観に近く感じる作品もあったため、トーベに流れる北欧のメンタリティを感じた。
本展を拝見して、トーベのいたフィンランドに限らず北欧三国の人々が、森で起こる不思議を、目に見えないトロルの仕業と理解していたり、多くの精霊たちを想像していたことを改めて知った。森や暗闇に鬼や妖怪を見ていたかつての日本人と近い考え方のように思い、共感できる。
よい展示であったと思う。
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