哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2023年12月の読書のこと「諏訪式。」

■ 諏訪式。(小倉美惠子/亜紀書房)のこと

千鹿頭 CHIKATO 大小島真木 調布×架ける×アート(東京都調布市

 2024年1月14日(日)まで調布市文化会館たづくりにて開催中の「千鹿頭 CHIKATO 大小島真木 調布×架ける×アート」を拝見して、長野県の諏訪という土地に興味を持っていたところへ、『諏訪式。』(小倉美惠子/亜紀書房)と出会い、早速拝読したので、以下に感想を記す。

■ 読んだこと

 諏訪とはどこにあるか。長野県の地図を思い浮かべてほぼど真ん中(松本)のやや右下(南東・山梨県寄り)にある。

 本書はそんな諏訪の風土について、諏訪に関連した企業や諏訪出身の人、あるいは諏訪の信仰や文化を通して、教えてくれる作品である。例えば岩波書店を起こした岩波茂雄諏訪市中洲の出身であったらしい。同地の信州風樹文庫という市立図書館に岩波書店の本がすべて寄贈されているというが、これは第二次世界大戦後に青年たちが岩波書店に陳情に行き、寄贈の約束を取り付けて、リュックに背負ってコツコツと諏訪に運んだものであったそう。諏訪からの出入りには必ず山を越えることになる、生産品も人が背負って運ぶわけで、そうした身体感覚が刻まれ、諏訪の「軽くて小さなものを作る」ものづくりに繋がっているのではないか、ということが述べられている。

 岩波茂雄について、本書では「ゴタ」と表現される。諏訪の言葉で「やんちゃ」や「きかん坊」といった意味だそう。同様に「ゴタ」と評されるのが、アララギ派歌人の島木赤彦である。筆者一行が下諏訪の温泉地で知った恋札占いという、湯船に浮かべて表を向いている枚数で運勢を占う木札の表面の焼印が銕焼(かなやき)地蔵という同地の伝説を描いたもの、裏面は赤彦が不倫を詠んだ短歌だったとか。歌人だけでなく教育者としても活躍した赤彦は、赴任した茅野市玉川の玉川小学校では改革のために、校長らを追い出してしまい、自ら代理校長になるなど活躍を見せる。岩波茂雄や島木赤彦、この二人の周りに広がる交友を、筆者は「信頼をもとに交わり合い、広がっている」と評しており、東京に出てからも同郷人たち(新宿中村屋の主人・相馬愛蔵筑摩書房の創業者・古田晁、等)の交わりがあったことが示されている。

● 考えたこと

 私自身は冒頭に述べた通り諏訪にまつわる展示を通して、諏訪について関心を抱いていたのだけれど、それは諏訪の信仰であったり、あるいは自然にであった。一方でそうした背景が近代の諏訪の産業(ものづくり)や出版に影響を与えているというのを、面白く読んだ。やはり寒く普通に生活していくのに厳しい土地の中で生まれる気性や仕事のやり方があって、その性質故に同郷の人々が、互いを信頼し合う様が感じ取れた。

 諏訪出身者が海苔問屋を営むという例が多かったそうである。これは江戸中期に板海苔が生まれ持ち運びができるようになったことと、寒冷で痩せた土地のため二毛作もできずに厳しい財政故に諏訪高島藩が領民に副業を奨励したからだそうだが、ここでも背負って運ぶ話になるのか、と感じる。

 諏訪人たちは単に海苔を運んで売り買いするだけではなく、各地に海苔の養殖技術を伝え、産業を発展させていった。彼らを繋いでいたのが諏訪明神への信仰だそうで、一八六一年に結講された御湯花講という同業者組合は、毎年諏訪大社への奉納を行っていたという。なんでも「海苔の種子は、諏訪明神が諏訪の温泉の湯の花を海に注いだ時に生じた」という言い伝えがあるのだとか。こうした出稼ぎ集団であった諏訪乾海苔商仲間は東京湾岸の大森等に定住して、店を構えるようになったそうで、岩波・守矢・藤森・五味・金子・牛山といった諏訪に多い苗字の店が立ち並んでいるとか。海なし県であるはずの長野の人々が、乾海苔産業の発展を押し進めていたこと、不思議な話だが面白い。

 そうしたエピソードから、諏訪人がいかに丁寧に、そして辛抱強く仕事に取り組んできたのか、ということがわかる。岩波茂雄は一高時代に下宿した東京・田端あたりの農業を、まるで遊びごとと評したとか。それだけ地元信州の寒冷で厳しい土地での農業より、楽に映ったのだろう。

 ある属性(性別、年代、土地、等)の人々を十把一絡げに語るのはあまり好きではないのだけれど、確かに諏訪には諏訪の、その地の人々にある傾向を与えた風土があり、そこで得た特徴を諏訪人同士が信頼し合ってきたのではないか、そんなことを考える読書であった。

■ ちょっと関連

philosophie.hatenablog.com