哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

敷設のこと④「西千葉一箱古本市へ」

■敷設のこと④

 これはとあるしがない会社員が、脱サラを断念し、本業の脇で片手間でできるパラレルキャリアを探るべく、複線の敷設を模索する連載である。

●西千葉一箱古本市のこと

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 都内で開催中の文学フリマ @東京流通センター新型コロナウイルス感染症の拡大もあり断念。ただ同日開催で気になっていた西千葉一箱古本市は、自宅から近くということで眺めに行ってきた。

 この一箱古本市の主催は、市川のkamebooksさん。日本一小さな本屋さんとのことで、店に入れるのは一人のみ、現在はコロナ禍もあり予約制、というお店。ずっと伺いたいと思いつつ、人見知りなので……、お店の人と一対一ということが、緊張してしまいそうでお邪魔できておらず、ひょっとしたらそんなkamebooksさんにお目にかかれるのでは、という思いもあったのだが、伺った時間はkamebooksさんが不在であったようで、残念。ただ、会場のhellogardenの方や、出店の皆様とお話でき、次は自分も出店してみたいと関心が高まった。

 このブログでも度々、人と本にまつわる活動をしてみたいと主張してきた。ネット書店も考えたが、やはりやりたいのは手軽に、本を通して人と交流することなので、そう考えると個人個人が読み終えた本を箱に詰めて持ち寄るフリーマーケットのような、一箱古本市は私がやりたいことに近い気がする。

 葉月文庫さんはご自身のお好きな本を布教するために参加しているそうで、陳列されている本に『すべての雲は銀の…』があったので、私も村山由佳が好きですと話をしたら、重松清の『きよしこ』をおすすめいただいた。有名な作品でもちろん書名は存じていたが、未読だったので、記念に購入。

 時空座標さんは紙の本が好きで、趣味で製本をなさっているとのこと。ほしおさなえ活版印刷日月堂』は活字(タイトルの通り活版印刷)にまつわるシリーズとのことで、不勉強で初めて知った。シリーズの一作目を購入、素敵な色紙の栞を、おまけでいただいた。さっそく読んで、良い作品だったので、シリーズのこの先の作品もぜひ読んでみたいと思う。

 このように、出店者さんそれぞれに背景があり、違ったスタイルでお店をなさっているのがとても良い。これはホントに参加したいなあ。

第10回 西千葉一箱古本市
HELLO GARDEN

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活版印刷日月堂 星たちの栞(ほしおさなえ/ポプラ社)のこと

 というわけで、早速標題の作品を読了したので、簡単に感想を記す。

 祖父の営んでいた活版印刷の三日月堂を引き継いだ弓子の元を訪れる人々が主人公(視点)となる、連作短編。川越運送店の市倉ハル、喫茶店「桐一葉」店主の岡野、私立学校教師の遠田、そして結婚式を間近に控える佐伯雪乃、彼らが弓子に活版印刷の仕事を依頼し、それに取り組む中で、心に抱えているものを表に出して問題が解決に向かう、という物語たち。とてもよかった。

 ――『印刷とはあとを残す行為。活字が実体で、印刷された文字が影。ふつうならそうだけど、印刷ではちがう。実体のほうが影なんだ』(p70)

 ――『わたしは影の主。三日月堂のマークのシルエットの烏なんだよ』(p71)

 これらは弓子が祖父に聞かされた言葉である。活版印刷においては、紙の上やパソコンでは実体のない文字が、活字というモノとして存在していて、それにインキをつけてローラーで刷ることで、印刷物ができる。活字は実体がありながら影であり、もっと言えば活字を作るための母型というそのまた影があり、物語によるとこの母型はもう作れる職人が日本にはいないのだという。印刷物という人の目に留まる表側に隠れて、そうした物語があるということが面白い。

 物語では誰かの代わりでしかない自分(例えば喫茶店を営む岡野は先代の代わりでしかない自分ということを悩んでいる)、自分を持つということ、といったテーマが繰り返し語られ、その悩みは登場人物たちが自らの役割を見つけ、誰かの代わりになることなどできないと気がついていくことで、解消されていく。そのきっかけを弓子と活版印刷が担う。川越を舞台に優しい時間を、そして活版印刷によって生み出される悠久の時間を感じることのできる良作である。

([ほ]4-1)活版印刷三日月堂 (ポプラ文庫)

([ほ]4-1)活版印刷三日月堂 (ポプラ文庫)

 
 ●活版印刷のこと

 活版印刷そのものにも、興味が湧いた。ご存知の通り活版印刷は活字という金属製で一文字だけが掘られたスタンプのようなものを組み合わせて一枚の印刷物を作っていく印刷技法で、一枚に登場する文字数の分だけの種類の活字が必要なほか、空白部も何もないわけではなく、空白になるように詰め物が必要であり、現在、パソコンで好き勝手に拡大縮小をしたものを、プリンターですぐに印刷できることと比べると、恐ろしく手間のかかる作業である。しかもアルファベット26字分の活字があれば種類としては事足りる英語等と異なり、かな・カナ・漢字と多種多様な活字が必要な日本語で、必要な活字を取り揃え植字することを考えると、発狂ものである。

 しかし確かにものとして存在する活字を組み上げ、紙に印刷する、という行為は、そこに印刷された文字に何か力がこもりそうに思われ、おもしろい。気になる点がたくさんあるし、勉強してみたいと思った。例えば本書に出てきた気になる用語は、以下のものである。

  • マージナルゾーン:凸版印刷の大きな特徴で、印刷した画像や点のふちに生じる隈取り(インキの濃い輪郭)のこと
  • 母型:字母ともいう。活字を鋳造するとき、活字の字面を造る型。一般に黄銅製の角材の一面に文字の形が、くぼんでつくってある。製作法により、電胎母型、彫刻母型、打込母型の3種がある
  • 大出張:印刷所で、使用頻度の高い活字約一四〇字を収めた文選用の活字ケース
  • 号:活字に使われる文字の大きさの単位
  • 手キン:手動式の平圧印刷機のこと。主に名刺やハガキなど小型の端物印刷に用いられる

 そういうわけで、シリーズの続編も読みつつ、活版印刷について、今後も学んでいきたいところである。

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