哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2021年の読書のこと

■2021年に読んだ本ベスト5

 毎年の恒例となっている、前年の一年間に私が読んだ(出版年等は問わず再読も含む)本の中からオススメ本を紹介する試みであり、2018年:1位『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク/新潮社)、2019年:1位『夜行』(森見登美彦/小学館)、2020年:1位『風よあらしよ』(村山由佳/集英社)に続き、4度目となる。なお言うまでもないことであるが、私の好みであるため、紹介した本の優劣を示すわけではない。

●第5位:『ビンティ 調和師の旅立ち』(ンネディ・オコラフォー/早川書房

 詳細は「2021年10月の読書のこと」にも記した。

 ヒンバ族であるビンティ(少数民族の若い黒人女性)は、同じ地球人であるクーシュ族(多数派の白人)と異星人であるメデュース(タコ型宇宙人)との争いに巻き込まれる他、(男性の長老がリーダーである)ヒンバ評議会とも戦うことになり、またそのヒンバ族は、砂漠民であるエンイ・ズィナリヤ族(先住民族)を野蛮人として見下している(そう、ヒンバ族はクーシュ族に見下されているだけではなく、見下しもするし、若い女性であるビンティに対して伝統的な生き方を押し付けたりもする)。

 こうした見上げ、見下し、という関係をフラットにしていくのが調和師なのだろうと思う。これらの差別や争いの連鎖からは当然に、現代の(現実の)世界が抱える、白人と黒人、男性と女性、伝統と革新、老人と若者といった対立がモチーフとして想起され、興味深い。

●第4位:『ロンドン・ジャングルブック』(バッジュ・シャーム/三輪舎)

 ハンドメイド本等で知られるインドのタラブックスの作品を、横浜・妙蓮寺の三輪舎が日本に紹介しており、本書もインドの職人によるシルクスクリーン印刷によって、丁寧に作られている。

 ゴンド画は、インド中央部のマディア・プラデーシュ州近郊に住むパルダーン・ゴンドという先住民族が描く絵。遠近法や陰影はなく、象徴に溢れている。例えば水や海を表すのに魚を描いたり、時間を表すのに鶏を描いたり。本書では2ヶ月間、ロンドンのインド料理店の壁画を描くために滞在した著者が、ゴンド族の目で見たロンドンをゴンド画の技法で優しく描いている。

 「意思の自由」という章がある。イギリス人は誰かが話している時は口をつぐまなければならないとか、げっぷをしたらすみませんと言うとか、一方で道端で恋人たちが抱き合っていたり、自由な格好をしたりとか(みんなと同じ黒い服装をしたがる人もいる)。そんなことを、良い悪いではなく、フラットに描くことができているのが、本書の良い点である。大層面白かった。

●第3位:『カフェから時代は創られる』(飯田美樹/クルミド出版)

 詳細は「2021年6月の読書のこと」にも記した。

 フランスのカフェの名店がいかに、ピカソ藤田嗣治ボーヴォワールヘミングウェイといった、天才を生み出したのか、というお話。

 作中語られるサードプレイスの概念を、私はスタバでのアルバイト経験のある友人に教わったことがある。しかしこれを読むと、フランスのカフェのような意味でのサードプレイスは、日本には少ないのではないか、と感じる。人々が偶発的に出会い、話し合い、高めあっていく。そんな場所を作りたい。私がいつか自分の本屋さんを持ちたいのは、そんな場を作りたいからかもしれない。

 また文学カフェを目指しても文学カフェにはならない、という指摘が面白い。店主は客をもてなすだけ、文筆家の活動に口を挟まず、何も知らないからこそ、客は自由に議論し、そのカフェに通えるのだ、という理論。逆説的だが、なるほどと納得した。いずれにせよ、今の目の前の人や物に集中すること、それが何かの形に繋がるのだなと感じた。

●第2位:『コンビニ人間』(村田沙耶香/文藝春秋

 本書は言わずと知れた第155回(2016年)芥川賞受賞作。

 普通であることは何かを問う物語である。主人公の古倉恵子はコンビニのアルバイトで、コンビニ店員の(解説で中村文則が触れていたが)音や視覚に関する瞬時の判断の様子等が非常にリアルに描かれている。古倉さんのコンビニ店員であるための合理的な日常(なんと18年間も勤めていた)はひょろひょろした婚活目的でコンビニのアルバイトを始めた白羽さんを飼い始めたことで崩壊する。本当にあっさりと彼女の18年間は崩壊して、結末にはその再生が描かれる。

 "皆、変なものには土足で踏み入って、その原因を解明する権利があると思っている。私にはそれが迷惑だったし、傲慢で鬱陶しかった。(本書文庫版p.61)"そうこれは、明確にマイノリティの物語なのだ、と思う。普通の人間が普通じゃない人間を、異物を裁判する物語なのである。

 私自身、ずっと自分が普通じゃないと思っていた。だから"今の「私」を形成しているのはほとんど私のそばにいる人たちだ。……特に喋り方に関しては身近な人のものが伝染していて、……(本書文庫版p.30)"という描写もよくわかって、周りの普通の人たちの様子を伺いながら生活しているから、自然とそばにいる人たちを参照して、そばにいる人たちから自分を創り上げようとしてしまう。

 "客だけは、変わらず店に来て、「店員」としての私を必要としてくれる。自分と同じ細胞のように思っていた皆がどんどん「ムラのオスとメス」になっていってしまっている不気味さの中で、客だけが、私を店員であり続けさせてくれ……本書文庫版p.128)"とある通り、本書では合理的にコンビニの声に従う「コンビニ店員」と普通である「ムラのオスとメス」が対比されるわけで、古澤が一貫して「コンビニ店員」であろうとする、白羽が古澤に「ムラのオスとメス」を演じさせようとする、のに比して、私自身は隙あらば「ムラのオスとメス」になりたいと思いながら、それ故に自分の普通でなさを自覚させられ、不安を覚えながら生きてきたように思う。その自身の惨状をきちんと言い当ててくれたような感を覚えて、私は本書に甚く感じ入ったのである。

 もちろん、この普通でない感じは実はきっと誰しもが抱えて生きていて、多くの人はそれ故に普通であろうと努力して、普通になっていくのだろう。優れた文学は往々にして、読者に、自分のことを書いてくれていると感じさせてくれるものであるから、本書を私の物語であると主張する気は毛頭ないが、本書は私を含め自身がマイノリティなのではなないかと悩むマジョリティの感触を丁寧に描き出した、我々(普通になりたい普通でない人たち/普通でないと思いたがる普通の人たち)の物語である。

●第1位:該当作品なし

 

■対象書籍

タイトル 作者 出版社
日日是製本2020 笠井瑠美子 十七時退勤社
消えた琉球競馬 幻の名馬「ヒコーキ」を追いかけて 梅崎晴光 ボーダーインク
ストレスゼロの生き方 心が軽くなる100の習慣 Testosterone きずな出版
南方熊楠と宮沢賢治 鎌田東二 平凡社
アメリカン・ブッダ 柴田勝家 早川書房
フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか 堀内都喜子 ポプラ社
能を考える 山折哲雄 中央公論新社
四畳半タイムマシンブルース 森見登美彦 角川書店
三体Ⅱ黒暗森林 劉慈欣 早川書房
ほんのよもやま話〜作家対談集〜 瀧井朝世 文藝春秋
銀河食堂の夜 さだまさし 幻冬舎
ファクトフルネス 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ハンス・ロスリング 他 日経BP
ピープス氏の秘められた日記―17世紀イギリス紳士の生活― 臼田昭 岩波書店
行った気になる世界遺産 鈴木亮平 ワニブックス
BASHAR×Naokiman Show 望む未来へ舵を切れ! ナオキマンショウ
ダリル・アンカ
ヴォイス
紙の動物園 ケン・リュウ 早川書房
王の庭師 ナディア・アーレンベルク 著
久利生杏奈 訳
紅龍堂書店
オープンダイアローグがひらく精神医療 斉藤環 日本評論社
とかげ 吉本ばなな 新潮社
ワールド・カフェから始める地域コミュニティづくり:実践ガイド 香取一昭・大川恒 学芸出版社
書店主フィクリーのものがたり ガブリエル・ゼヴィン 早川書房
屋上がえり 石田千 筑摩書房
カフェから時代は創られる 飯田美樹 クルミド出版
雪のなまえ 村山由佳 徳間書店
オー!ファーザー 伊坂幸太郎 新潮社
性犯罪被害にあうということ 小林美佳 朝日新聞社
あなたに褒められたくて 高倉健 集英社
性犯罪被害とたたかうということ 小林美佳 朝日新聞社
上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください! 上野千鶴子田房永子 大和書房
命とられるわけじゃない 村山由佳 ホーム社
こころの処方箋 河合隼雄 新潮社
幕張少年マサイ族 椎名誠 東京新聞
月刊埋立地 神作光孝 他 ちば文化センター
コンビニ人間 村田沙耶香 文藝春秋
世界は救えないけど豚の角煮は作れる にゃんたこ KADOKAWA
華より幽へ 観世榮夫自伝 観世榮夫 北川登園 白水社
女の子はどう生きるか 教えて上野先生 上野千鶴子 岩波書店
カイン―自分の「弱さ」に悩むきみへ 中島義道 新潮社
ビンティ 調和師の旅立ち ンネディ・オコラフォー 早川書房
〈弱いロボット〉の思考 わたし・身体・コミュニケーション 岡田美智男 講談社
地元を再発見する! 手書き地図のつくり方 手書き地図推進委員会 学芸出版社
離島の本屋 朴順梨 ころから
ブランケット・キャッツ 重松清 朝日新聞社
かつどん協議会 原宏一 集英社
ロンドン・ジャングルブック バッジュ・シャーム 三輪舎
邪悪なものの鎮め方 内田樹 文藝春秋
●参考:次点
●対象書籍の評価割合
評価割合 2021年 2020年 2019年 2018年
8.7% 14.3% 23.8% 17.1%
41.3% 50.0% 54.8% 41.5%
47.8% 35.7% 21.4% 41.5%
2.2% 0.0% 0.0% 0.0%

 昨年、過去三か年で一番☆評価と感じることが少なかったと書いたが、2021年はさらに評価が渋くなっている。これは感触であるが、私の場合小説の方が(その他評論等に比して、)良い評価をつけやすいように思われ、その読書ジャンルの変化が評価割合の変化に関係しているのではないかと思われる……、今後の宿題としよう。

●対象書籍の入手経路
入手経路 2021年 2020年 2019年 2018年
図書館で借用 52.2% 45.2% 47.6% 46.0%
古書店で購入 26.1% 16.7% 7.1% 44.0%
新刊書店で購入
知人からの贈答品
21.7% 28.6% 28.6% 5.0%
3年以上前に入手 0.0% 9.5% 16.7% 5.0%

 古書店で購入した割合が微増したのは、2021年より一箱古本市への出店を始めたからである。また例年、何かしら以前に読んだ本を再読することがあるものだが、2021年は古本市に出ては本を買ってきてしまい、積読が増えていくため、昔に読んだ本を懐かしむ余裕などもなく、それが3年以上前に入手した本を一切読んでいない原因であろう。その他、大勢に変化はない。

■ちょっと関連

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