■「エール」のこと
私が朝ドラ(NHK連続テレビ小説)を見始めたのは、「あさが来た」(2015年9月28日~[全156回])から、であるので、この「エール」(2020年3月30日~[全120回])で10作目ということになる。私は長らく、初めてきちんと見た朝ドラ「あさが来た」が、ベストだと思っていたが、今回はそれ以上だった。はっきり言っておくが、私の朝ドラ史(わずか10回であるが)の中で、最高傑作は「エール」である。その理由を以下に考察する。
なお、以下に連続テレビ小説 - Wikipediaより、現在進行形で私が視聴している「おちょやん」までの、全11作品のリストを引いてきた。私的好みでは、エール→あさが来た→わろてんか→べっぴんさん→とと姉ちゃん→ひよっこ→なつぞら→まんぷく→スカーレット→半分、青い。……であると思う。合わない人、ごめんなさい。
回 | 題 | 年 | 場 | 脚本(原作) | 主演 |
93 | あさが来た | 2015後 | 京都/大阪/福岡 | 大森美香 (古川智映子) |
波瑠 |
94 | とと姉ちゃん | 2016前 | 静岡/東京 | 西田征史 | 高畑充希 |
95 | べっぴんさん | 2016後 | 兵庫/大阪/滋賀 | 渡辺千穂 | 芳根京子 |
96 | ひよっこ | 2017前 | 茨城/東京 | 岡田惠和 | 有村架純 |
97 | わろてんか | 2017後 | 京都/大阪 | 吉田智子 | 葵わかな |
98 | 半分、青い。 | 2018前 | 岐阜/東京 | 北川悦吏子 | 永野芽郁 |
99 | まんぷく | 2018後 | 大阪 | 福田靖 | 安藤サクラ |
100 | なつぞら | 2019前 | 東京/北海道 | 大森寿美男 | 広瀬すず |
101 | スカーレット | 2019後 | 大阪/滋賀 | 水橋文美江 | 戸田恵梨香 |
102 | エール | 2020前 | 福島/愛知/東京 | 吉田照幸 清水友佳子 嶋田うれ葉 (林宏司) |
窪田正孝(男性) 二階堂ふみ |
103 | おちょやん | 2020後 | 大阪/京都 | 八津弘幸 | 杉咲花 |
さて、この「エール」は実在の作曲家である、古関裕而をモデルとした古山裕一(窪田正孝)を主人公に、その妻音(二階堂ふみ)と夫婦の二人三脚で、裕一が国民的作曲家として成功していく様を描いた作品である。
この作品は朝ドラの中でも異例の点が多数ある。まず主人公が男性という点。そして、NHKの働き方改革の影響で、この作品から週6放送→週5放送に縮小されている点(土曜日には朝ドラおじさんこと日村勇紀のナレーションで、一週間のふり返りと次週予告がある)。そしてこちらは意図した点ではないが、新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響による収録休止に伴い、6月26日放送分(第13週・第65回)をもって放送を一時中断し、6月29日から9月11日までの放送休止期間には、第1回から第65回の放送分を再放送した後、やっと再開した(休止分は終了時期が延長されたが、10回分は短縮された)点。なお新型コロナウイルス感染症により、主要キャストである志村けん(山田耕筰をモデルとした小山田耕三役)が、放送開始前日の3月29日に亡くなったことは、大きな衝撃であり、日本中にこの病気の恐ろしさを再認識させる事件だったと思う。
当然ながら、日本の世相も異常事態であった。新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言を受けて、私自身、在宅勤務(リモートワーク)を余儀なくされる、非常に不安定な中で、ただ明るく音楽がいかに人を励ますかを語り続けた本作(の前半)に勇気づけられたのは、私だけでないだろう。この作品を私が好むのは、その明るさ、前向きさ、ひたむきさにあると思う。朝ドラはその主人公となる人物の苦難も当然に描くわけで、とはいえ、その他の連ドラと比するとその描かれ方は、軽めのテイストにされていることが多い。悩みが翌週には解決していたり、悩んでいる主人公を笑わせてくれるキャラクターがすぐに配置されたり。その朝ドラというものの傾向を踏まえても、抜群に明るいのが本作である。裕一は真面目で不器用である。だからたくさん壁にぶつかって悩むのだけれど、そのたびに小学校の藤堂先生(森山直太朗)や、同級生の久志(山崎育三郎)・鉄男(中村蒼)、そして妻の音などが助け、励ましてくれるし、一方で裕一がひたむきに音楽を愛する姿・彼の作品は、彼の周囲の人々を励まし、勇気づけ、終いには日本全国民にエールを送るようになるのだ。
裕一の一番の理解者が、父の三郎(唐沢寿明)である。裕一に音楽の楽しさを教え、常に味方でいる。ただしとても頼りない。裕一の前では、俺にまかせとけと言うが、全く頼りにならない。でも、良い。良い頼りなさなのだ。本当に何とかしてやりたい、その覚悟を持って、まかせとけと言っている、そう感じさせる頼りなさである。裕一が母や弟の反対を押し切って、上京して結婚する際の、父子の別れのシーン、家族を捨ててきたという裕一に対する、三郎の「お前が捨てたって、俺はお前を捨てねえ」という台詞、これが良い。
また、みんな優しい。優しさが裕一の出会う人々の中に、上手く配置されている。裕一の生家は喜多一という呉服屋で、経営難で倒産の危険もある中で、裕一は一時、音楽を諦めて銀行を営む伯父の茂兵衛(風間杜夫)の養子となるべく、銀行員として働く。そのおかげで喜多一は融資を受けられるようになるのだが、こうした現実・厳しさを示す母・弟・伯父たちの中に、父であり、音や鉄男であり、優しく明るい行員たちがきちんと配されているお陰で、見ている私が裕一と一緒になって落ち込まなくて済む、銀行の店長らと一緒に裕一を励ましたくなる、そんな絶妙なバランスであった。
凄いなあと思う。きっと私の現実にも、そんな優しさを示してくれる人が、探せばいるんだろうな、いてほしいなと思う。裕一にエールを送り励ました行員たちのような、仲間が。そんな風に励ましてくれる作品である。
物語の後半、日本は戦争に突入する。裕一の戦時歌謡は、兵士たちの哀愁を慰め士気を上げる。一躍、時の人となった裕一であるが、最前線に慰問に行き、戦争の現実を知り、また終戦に前後して、自分の曲に励まされて志願した若者がたくさん命を落としたこと、肉親を失った人々の悲しみを、裕一は正面から受け止め、物語に影を落とす。
そんな裕一の復活のきっかけの一つは「長崎の鐘」の作曲に関連して出会った永田武(吉岡秀隆)。モデルの永井隆は医師で、自身も被爆しながら医療活動に取り組んだ人物である。登場した時間はほんのわずかだが、吉岡の演技には鬼気迫るものがあり、印象に残った。
これらの名場面・名演に加えて、作品を彩る、古関裕而の音楽たちが素晴らしい。「栄冠は君に輝く」や「六甲おろし」等、当然に知っていた曲もあれば、「暁に祈る」「船頭可愛や」等、この作品を通して知ったものもある。また「露営の歌」は、私の祖母(現在99歳)が時折冒頭の”勝ってくるぞと、勇ましく”を口ずさむのを聞いたことがあり、これかと思った。それと同時に祖母が、戦時下の日本国民が、どんな思いで、どんな世界で生きていたのかに思いを巡らせることもできた。
そして何より思ったこと。音のように元気で一途に支えてくれたり、時に引っ張ってくれたり、という奥さんが欲しい、切に願う。