哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

能の演目のこと①

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■能の演目のこと(題材・典拠 / 作者)

 下記のWebページ、”the能ドットコム”の”能楽・演目事典”に掲載の92曲のDATA欄より情報をとり、作者や題材等に従って、分析を行う。現在演じられている能の曲目は約240曲だそうなので、その半分も網羅できていないが、ひとまずこの92曲を代表選手として進めることとする。
www.the-noh.com

■題材・典拠

 能は奈良時代に大陸より持ち込まれた芸能や、それ以前の日本古来の信仰等にその源を求めることができると言うが、現在の能の形を大成したのは、室町時代世阿弥だと言われている。そして、そこで上演される演目(曲)は神仏についての言い伝えや、先行する文芸作品を原案として舞台化したものが多い。

 では果たして、最も多く能の曲となっている題材・典拠は何であろう、と思って調べてみた。日本の室町時代以前の文芸作品で、私が真っ先に思いつくのは『源氏物語』であり、実際、能の代表作のひとつである「葵上」は源氏物語を題材にした曲である。しかし、繰り返すがあくまで調査した92曲の中でではあるが、『源氏物語』を典拠とする作品はわずか4曲であった。ちなみに、ぶっちぎりで多数の曲の題材とされているのが『平家物語』の20曲であった。

 詳細は以下のとおりである。なお、一つの曲に複数の題材・典拠が上げられている場合は、その全てを題材・典拠と認識している点を、了承いただきたい。また題材・典拠が不明や不詳、未記載となっているものは33曲であった。

●『平家物語』(20曲)

 鎌倉時代に成立したとされる、平家の栄華と没落を描く軍記物語である。前述の通り、題材・典拠とされている曲数は多く、調査した曲の5分の1が平家物語に由来した。能の一ジャンル(二番目物)において、戦いで死んだ武将を成仏させるものがあり、その点、『平家物語』で描かれた平家の公達は、能との親和性が高いのであろう。対象曲は「敦盛」「箙」「大原御幸」「鉄輪」「砧」「清経」「熊坂」「小督」「実盛」「俊寛」「正尊」「千手」「忠度」「土蜘蛛」「経政」「巴」「鵺」「藤戸」「八島」「熊野」。

●『源平盛衰記』(7曲)

 『平家物語』の異本の一つとのことで、並んで題材・典拠にあげられているものがほとんどである。対象曲は「箙」「葛城」「清経」「国栖」「俊寛」「正尊」「巴」。

●『義経記』(6曲)

 その名の通り、源義経一行を中心とした軍記物であり、以下の6曲はすべて、義経に関連した作品である。またやはり『平家物語』と並んで題材・典拠にあげられているものが多い。対象曲は「安宅」「熊坂」「鞍馬天狗」「正尊」「橋弁慶」「船弁慶」。

●『源氏物語』(4曲)

 平安時代中期に成立した、紫式部による長編小説。本来、『源氏物語』にちなんだ曲は新作を含めて13曲( [第六巻:能と源氏物語の世界] | 古典の日公式ホームページ )だそうだが、”the能ドットコム”で紹介されているのは4曲である。対象曲は「葵上」「野宮」「半蔀」「松風」。

●『伊勢物語』(4曲)

 平安初期に成立した歌物語。主人公の男は在原業平をモデルとされるが、明らかに業平でない人物が主人公である話も含まれる。『源氏物語』において同書についての言及があるとのこと。こちらも調べれば「雲林院」「小塩」等も同書の関連と出てくるのだが、”the能ドットコム”で紹介されているのは、『源氏物語』と同じく4曲。対象曲は「井筒」「杜若」「隅田川」「融」。

■作者

 能の作者と言うと、その大成者である世阿弥の名前を最もよく耳にする気がする。その印象はおそらく正しいようで、”the能ドットコム”で紹介されている92曲から、作者が全く不明(不詳)とされている29曲を引いた63曲の内、はっきりと世阿弥を作者としているのが16曲、作者や改作者等の候補※にあげられているものを含めると37曲に上る。詳細は以下のとおりである。

 ※不詳だが一説によると世阿弥作、○○作を世阿弥が改作、クセは世阿弥作、等々。

世阿弥(16/37曲)

 室町時代の大和申楽結崎座(現在の観世流)の申(猿)楽師。名は元清。父である観阿弥とともに、能を大成した。『風姿花伝』等の芸論を著したことでも知られる。世阿弥作と謳われているものは「葵上」「芦刈」「敦盛」「井筒」「砧」「清経」「恋重荷」「桜川」「実盛」「高砂」「忠度」「融」「鵺」「班女」「八島」「養老」、その他一説に世阿弥作とされるものや世阿弥改作等、多数。

金春禅竹(3/8曲)

 室町時代の円満井座(現在の金春流)の申楽師。世阿弥の娘婿。金春禅竹作とされているものが「小督」「千手」「楊貴妃」、一説に禅竹作とされているものが「竹生島」、禅竹ないし世阿弥とされているのが「杜若」「春日龍神」「黒塚」禅竹ないし宝生太夫とされているものが「加茂」。 

観阿弥(2/7曲)

 南北朝時代から室町時代の結崎座の申楽師。名は清次。観阿弥作とされているものが「自然居士」「卒塔婆小町」、観阿弥改作とされているのが「通小町」、観阿弥作→世阿弥改作とされているのが「江口」「百万」田楽能→観阿弥改作→世阿弥さらに改作とされているのが「松風」、世阿弥作クセは観阿弥とされているのが「花筐」。

●観世小次郎信光(5/6曲)

 室町時代の申楽師。世阿弥の甥音阿弥(観世三郎元重)の第七子。観世小次郎信光作とされているものが「胡蝶」「張良」「道成寺」「船弁慶」「紅葉狩」、一説に信光作と言われているものが、「安宅」。 

 

 以上、”the能ドットコム”のデータに基づく。一部、作者の略歴等は、 Wikipedia を参考とした。例えば作者だと、信光作のものは、世阿弥が公家のバックアップを受けて風流を追求した時期より時代が下り、地方巡業も増えた時代背景を反映して、視覚的な印象を重視した作品が多い等、特徴があるようである。現代劇においては脚本家や演出家を追うことは当然の視点であるが、能に対してそういった見方をしたことがないので、作者に着目し、一人の作者を追って観能する試みも、面白いかもしれないと思う。