哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

絵画等のこと⑧津田青楓 図案と、時代と、@渋谷区立松涛美術館

 渋谷区立松涛美術館にて開催中の「津田青楓 図案と、時代と、」展(~2022年8月14日(日))を拝見してきたので感想を記す。

■絵画等のこと⑧津田青楓 図案と、時代と、@渋谷区立松涛美術館

 津田青楓は1880年、京都に生まれて1978年に東京に没した画家で、テーマに挙げられる図案(デザイン)の仕事では『染織図案』『青もみぢ』『うづら衣』といった多くの図案集を残し、また夏目漱石らの本の装丁をつとめた。その他考案した図案が刺繍や蒔絵に使われている他、日本画・洋画家としても活躍した人物、らしい(恥ずかしながら私は全く存じ上げず、彼より少し前の時代に大流行していたという神坂雪佳についても、知らなかった……)。

 さて、(京都に本店、湯島に東京店を有する)版画の出版社である芸艸堂であるが、山田直三郎が営む山田芸艸堂とその兄弟が営む本田雲錦堂が合名してできた会社だそうで、(青楓は本田雲錦堂に、当時流行っていたという神坂雪佳に似せた図案を持ち込み、最初の図案集の発行にこぎつけているらしい。その後も)本田雲錦堂・山田芸艸堂及び芸艸堂は、青楓の作品の出版に度々携わっている。

 図案とは何であろうか。元々、青楓は華道去風流の家元で生花店を営む家に生まれたそうだが、白生地屋に丁稚奉公に出ていたそうで、そこで染織の下絵・図案に携わることになったことが、図案を作るきっかけとなっているそうである。華道の家元の家系の若者が丁稚奉公に出なければいけなかったのか、というのが私には驚きであったが、ともかく図案というと、そうした反物等のデザイン(下絵)という印象があり、当時は画家(芸術家)の仕事ではなく職人の仕事、という認識であったそうだ。しかし青楓は従来の、例えば波千鳥のように決まりきったモチーフを脱却し、自らが写生したモチーフをデザインとして簡略化することで、新たな図案を考案しようとしていた(『うづら衣』はそうした意図をもって5巻構想で出版されたが、売れ行き不調につき3巻までで終了した)そうである。兄や知人と新たな図案を研究する「小美術会」も結成しているが、青楓の日露戦争への出征(203高地攻撃や旅順包囲戦も経験したそう)等で活動が止まってしまったとのこと。

 というようなことを、訪問時に偶然開催されていたギャラリートークにて、担当学芸員の大平奈緒子さんがお話しくださった。当初の予定は30分程度であったが、倍近く(1時間弱)たっぷりおはなしくださり、大変楽しい時間をすごした。青楓(本名は亀治郎)の号を名付けたのは、兄で華道家の西川一草亭だそうで、青もみじはこれから色を増していくからという意味合いで、未来の発展を願ったそう。夏目漱石の著作の装丁も手掛けた青楓であるが、漱石の晩年は門人であり、友人として親しくしていたそう。漱石は青楓のことをそばに置いて気兼ねなく昼寝ができると、信頼して可愛がっていたそう。1916年の漱石没時には人目もはばからず号泣した青楓、「夏目漱石(の作品)は永遠に生き続けるけれど、先生(本人)には永遠に会えない」という趣旨の言葉を残しているそう。そんなあれやこれや、展示品ひとつひとつの背景に潜むエピソードが溢れ出てしまうようにお話くださり、それらは解説・キャプションに記されていることなのだけれど、文章で読むより青楓に思い入れのある人の生きた言葉で聴くことで、遥かに印象に残り共感できるのだ、ということを感じた。

 漱石の著作に限らず、青楓による本の装丁の仕事が、私としては特に関心を抱いた。児童文学作家の鈴木三重吉の全集を担当した際には、青楓・三重吉両者の思いが強すぎ、意見を出されることを嫌った青楓は結局、13冊中10冊しか手掛けなかったとか。

 津田青楓というとしばしばイメージされるのは「犠牲者」という作品だそう。ロープにつるされて拷問された人物を描いた本作と、本展で目にすることのできる美しく可愛らしい図案とは馴染まない。馴染まないけれど、どちらも青楓の作品なのだそうだ。本展でも青楓が図案、日本画、洋画、刺繍、文章、様々な表現に携わったことが解説されている。そのいずれもが青楓なのだ、と。何をやるかではなく、その時に青楓何に関心を持って何を語りたい・表現したいと思ったか、なのであろう。私自身、何をやるか・続けるか・始めるか、にばかり意識が向いてしまうことにふと気がつく。それを通して私は何を話したいのだろう、何を表現して訴えたいのだろう。考えてみたいと感じた。

 なお、もう一つこの展示会の良い点は、図録がA5判であることだ。美術館の展示図録というとやたら大きく(A4判?)重たいものが多いが、本書はコンパクトで可愛らしい。掌の中にすっぽり収めて、いつまでも眺めていたい作りである。綺麗な図案が楽しく並べられていて、それについての分かりやすく無駄のない解説が添えられている。素晴らしい、書物として愛でていたい作品。青楓の装丁の仕事で、当時の書籍は一冊一冊デザインが練られて、手作業で刷られて、本当に大事にされているなあ、という印象を受けたが、本展図録もなかなか、こだわりの感じられる一冊である。

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