哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

第2回 伶以野陽子後援会 能楽公演 @梅若能楽学院会館 のこと

 前回も書いたのだけれど、11月12日(土)・13日(日)、私の勤め先の近所に鎮座する鳩森八幡神社千駄ヶ谷)にて「第一回千駄ヶ谷鳩森おとなり映画祭」というイベントが開催される。神社の境内で千駄ヶ谷に関連する映画を上映、さらにゆかりのゲストを招いてトークイベントを実施するらしい。

 近隣に国立能楽堂があることに因み、「よあけの焚き火」(監督:土井康一、主演:大藏基誠、制作・配給:桜映画社)が上演されるそうで、私はこの11月13日(日)午後7時15分からの回を拝見に伺う予定である。私と一緒に風邪を引きに行く仲間を探しているところである。

●2022年11月5日(土)第2回 伶以野陽子後援会 能楽公演 @梅若能楽学院会館 のこと

 能「井筒」の上演に先駆けて、お茶の水女子大学名誉教授の荻原千鶴による「古典文学の世界」と題した講演が行われた。肩書きや演題から、小難しい話になるのではと身構えていたのだけれど、わかりやすく、楽しいお話でありがたい。

 能「井筒」は平安時代の歌物語である『伊勢物語』の二十三段目が主な典拠となっている。解説では他にも『源氏物語』や『平家物語』『万葉集』『曽我物語』等など、様々な古典を典拠とした能を紹介くださり、それらの作品の主題として、この辺は歌が中心、この辺は出来事が中心、と大くくりしてくださるのがよい。ちなみに『伊勢物語』は当然、歌中心である。またずらずら並んだ能演目を見るに、私は出来事中心の作品(に基づく能)のほうが相性がいいらしい、ということもわかる。

 ところで今、見るに、と書いたけれど本公演の画期的なところは、能舞台にスクリーンを張って、プロジェクターで解説資料を大映しにしている点。会場の梅若能楽学院会館では初めての試みとのことであったが、お話として耳だけでインプットするよりも断然にわかりやすいため、こうした企画が増えていってほしいと思う。

 解説のあと休憩が入り、演目が始まる。能でおシテをつとめる伶以野陽子のご子息である、レイヤー ザッカリー 翔による仕舞「絃上」は堂々としたものであったし、中村修一らによる狂言「文荷」は楽しく拝見することができた。

 そして伶以野陽子による能「井筒」である。本作は前述の通り、和歌との関連が深い作品であり、「筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに」という歌と、「風吹けば 沖つしら浪 たつた山 よはにや君が ひとりこゆらむ」という歌が特にモチーフとなる。前の歌では幼馴染と井戸(井筒とは井戸の地上部分のこと)の脇で丈比べをした昔を思いながら、自分の背丈が女性と会わないうちにずいぶん大きくなったものだという気持ちを歌ったもの(荻原は井筒がうまく時間を表すキーアイテムとなっていると指摘する)で、後者は浮気相手の元へ通っていく夫について、山道をひとり越えていく夫の身を案じながら待つ妻が詠んだ歌である。

 古典文学とは長い年月をかけて様々な受容のされ方がなされる、そして古典も作られた当時は現代小説であった、というのが解説で述べられていたことである。能「井筒」では、幼馴染の夫婦がいてやがて夫が高安に浮気相手を作り、というこの物語を、在原業平と紀有常の女に仮託して進行するが、業平と有常の年の差が十歳程だそうで、業平と女が幼馴染というのはありえない、とのこと。そして能では後者の夫の身を案じる妻の歌によって、夫は高安の浮気相手のところへの出入りをやめるのだけれど、原作では今しばらく、高安通いをやめないそうである。(高安の女が自分で飯を盛っていたのを見て夫の足が遠のいたという原作の描写について、荻原が現代の感覚ではこれでなぜ足が遠のく理由になるのかわからない、と述べていて、私はそれで安心したことを覚えている。)

 ともあれ、中々浮気をやめられない夫と待つ妻を描いた現代小説が、様々な受容のされ方をして、結果として能として残されたものは、業平と有常の女による幼馴染の純愛と、待つ女というモチーフと、という純化されたものであった。それ故に「生ひにけらしな/老いにけるぞや」という謡と、井筒を水鏡として覗き込むおシテの姿が、こんなにも美しく印象に残るのだなぁと、思った次第である。

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