哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

新型コロナウイルス感染症に罹患しなかったこと

新型コロナウイルス感染症に罹患しなかったこと

 ある朝氏は、感染者がほぼ死ぬウイルスについての夢を見た。感染するとほぼ死んでしまうわけなので、怖くて仕方がない。感染しないといいなと対策をしながら、仕事をしたりしている夢だ。夢なので本当はもっと色々とヘンテコなことが起こったそうなのだけれど、S氏が目を覚ました時にはそんな色々は頭の中からすっぽりと抜け落ちていたそうである。

 この夢の中の状況は、新型コロナウイルス感染症が出始めた当初に似ている。世界中が未知のウイルスに怯え、何人もの方がこのウイルスによる合併症等で命を落とした。あれから三年がたった。新型コロナウイルス感染症はその当時よりもはるかに多くの感染者を出していて、それによる死者は……、私は把握していない。亡くなる方が増えているのかもしれないし減っているのかもしれない、感染者もその当時より桁違いに多いことは分かるのだけれど、この数日が減っているのか増えているのか、私はあまり関心を持たなくなっている。要はそのくらい慣れてしまったし、出始めの頃のように感染したら死ぬ病という感は薄れており、もちろん重症化すると大変、という認識はありながら、無症状~軽症の感染者が多くなっているような印書を持っている。これは私の印象であるので、実際のところは定量的に調べてみないことにはわからないし、多分WEBでも多少は調べられるのだと思うのだけれど、それを知ってどうになるわけでもないので、話を進める。

 S氏がそんな夢を見た半月ほど後のある日曜日、外出した帰りになんとなく首筋に寒気を感じ、また喉がイガイガとする感があったそうである。寒気については二月である。寒気なのかただ単に寒いだけなのかは、判然としない。ともあれ正しいサラリーマンである彼は、そんなことは意識の外に捨てて、翌日月曜日からの労働に意識を向けるのである。

 そして翌月曜日である。朝からどうも喉の様子がおかしいのは感じていたそうである。痛いというよりは、なんとなくイガイガとする。そんな感じであったそうだ。それでも彼はサラリーマンの常として、多少の体調不良には目をつむって職場に向かった。この日は朝から荷物の移動などをして、午後からはびっしりデスクワーク。なんとなく頭が重い、喉が痛い気がする、そして何より寒気がする。ヴィックスを舐め舐め、背中には貼るカイロを装着しブランケットを被った。頭がなんとなくぼうっとしてきた。夕方、職場にあった非接触式体温計でひっそりと検温したところ、36度1分であったそうだ。彼の目の前の仕事が全て片付いているということはこの一年以上あり得なかったため、常の通り彼は定時後少しでもその恒常的な負債を解消すべく頑張ったが、どうにもはかどらないまま、20時ころに職場を後にした。

 電車に揺られながら、どうも自身の寒気(悪寒)が普通ではないことに彼は気が付いていた。これは午前中に荷物を運んだ際の汗が冷えたとか、その程度のものではないだろうと心配していた。同居する家族に自身の体調の不良をメールした上で、住まいする千葉県千葉市新型コロナウイルス感染症についての案内を熟読した。万が一発熱した場合はどのようにしたら診察が受けられるのか、どこで新型コロナウイルス感染症の検査が受けられるのか、併せて自身の職場での体調不良時の報告・対策フローも確認した。

新型コロナウイルス感染症対策ポータル/千葉県 (chiba.lg.jp)

千葉市:新型コロナウイルス感染症に関する情報(特設ページ) (city.chiba.jp)

 市販されている抗原検査キットにも「研究用」と「体外診断用医薬品」又は「第1類医薬品」とで違いがあり、高い精度で検査するためには後者を選ばないといけない、ということが分かった。なるほど、S氏は訳知り顔でうなずくと、地元の駅前にあるドラッグストアに立ち寄り、いかにも家族がコロナで困ってしまうぜ(僕は感染者ではないですぜ)という表情をしながら、抗原検査キットはありますかと聞いた。その店には売っていなかったという。

 帰宅して彼は手洗いを済ませ、パジャマをひっつかむと自室に引きこもった。彼の自室はすりガラスの引き戸なのだけれど、それをぴったりと閉ざして籠城した。しかる後、自宅のもので再度検温した。37度8分であったそうだ。彼には家族があったので幸いなことに食事は用意をしてもらうことができ、ガラス戸から受け取った夕食を、小学生のころ以来25年以上使い続けている勉強机に向かって、彼は一人静かに食事を済ませた。そして上司にメールを打った「発熱しました」と。症状などを報告し、翌日の休暇について連絡をした。しかる後、こんこんと眠った。

 朝、思いのほかS氏の体調は良かった。家族はすでに出かけているようであった。9時過ぎであった。昨夜のうちに見つけておいた、発熱外来の対応がある総合病院、千葉K病院に電話をした。なおSは基本的にこのK病院が嫌いであった。なぜなら十年ほど前、彼の肛門が著しく痛かった時に愛車の自転車にまたがってさっそうとその病院に行ったところ、肛門科の診療はしていないといって近所の(自転車で30分程かかるであろう)肛門科の個人病院を勧められたためである。それ以来よほどのことがない限り彼はこのK病院を受診しないようにしていた。なお肛門は近所の(徒歩圏内の)外科A医院にて診察・検査を受け、よく原因がわからないまま全快した。S氏の肛門は今に至るまで至って健康であることを、ここに報告しておく。

 閑話休題、いまはよほどのことであろうと観念したS氏がK病院に電話をすると、あの時尻の穴を庇うか弱き彼を邪険に追い払った男性ではなく、愛想のいい女性が電話に出た。話は拍子抜けするほどとんとん拍子に進み、10時10分に診察の予約が取れてしまった。このことは彼にとって意外であった。というのも発熱してもなかなか診察が受けられない、検査が受けられないという話をよく耳にしていたからである。ありがたい、ありがたいが相手の口車に乗せられていささか急な予約を取りすぎた感がある。というのも、S氏はまだ寝起きのパジャマ姿であり、彼の手元には自転車も車もなく、S病院までは歩いて20分以上はかかるためである。彼は大急ぎで着替えると、歩いて病院に向かいつつ、職場に電話をして現状を報告し、もろもろの引継ぎを済ませた。

 病院に到着したら外から電話をするようにと言われていたので、電話をした。こんどは男性の声で、その場でしばし待つようにとの指示、5分もしないうちに男性スタッフが出てきてくれて診察券と健康保険証を渡した。通常の外来スペースではなく救命部門の建物の廊下に用意された発熱外来の待合スペースに座って、女性の看護師から問診を受け、体温を測った(36度1分であった)。男性の医師の診察を受けた。おなかと背中に聴診器を当ててもらい、おなかを何か所か押された。喉も見られた。現在服用している耳鼻咽喉科と精神科の薬について矢継ぎ早に質問を受け、PCRはしないといけないなあ、と言われて待合スペースに戻された。その後PCR検査の検体採取を行った。5㎖以上の唾液が必要だそうで、長さ5cmほどの筒状の容器に唾液を吐きだして提出、解熱鎮痛剤(ロキソニン)と(お腹が下り気味という話をしたので)整腸剤をもらった。鼻水や喉の炎症については、耳鼻咽喉科の薬を飲んでいればよい、ということであろう。PCR検査の結果は翌日の昼過ぎに出るそうであった。陽性の場合は自身で、陽性者限定の会員制SNSのようなところへ登録する必要があるらしい。

 帰宅して、家族が用意してくれた昼食をやはり勉強机に向かって食べた。新型コロナウイルス感染症の疑いがある以上、家族と生活スペースを隔離して、食事も別々、共有スペースを使うときはマスク着用。しかし、実際にやってみるとこれが結構面倒くさい。お風呂は必然的にマスクを外さないといけなくなることもあったし、そもそも体調がよくなくて気が進まなかったため、入らなかった。とはいえ、先日Youtubeの「たっくーTVれいでぃお」にて、元公安の人が張り込みが続いてお風呂に入れなくても、身体を拭くなどすることは大事、臭い人(他人に気を使えない人)は要注意、と言っていたため、浴用タオルで身体を拭くようにはした。

【真実】家族にも言えない?『公安警察』の危険な噂について聞いてみた - YouTube

 歯磨き粉や洗面所につるさっているタオルも、共用するわけにはいかない。タオルは浴用タオルを持ってトイレやら洗面所やら自室をうろうろした。S氏の以前の上司がよく、首から浴用タオルをぶら下げて仕事をして、時折デスク以外の場所にそのタオルを置き忘れては顰蹙を買っていたのだけれど、それに近い行動をしていた。ゴミも自室以外のごみ箱にはとりあえず捨てないように意識した。鼻水のついたティッシュやら、唾のついたマスクなど、仮に自分がキャリアであったらと思うと、心配である。

 少し疲れた。熱を測ると36度9分、微熱であった。5時間ほど爆睡した。頭が重く、痛かった。たまっている仕事を少しでも進めたかったのだけれど、まったく集中できなかった。夕食後、いまさらながらロキソニンを飲むと、咽頭痛、腰となぜか右の前腕の関節痛、そして頭痛がこぞってよくなって楽になった。ロキソニン、解熱鎮痛剤は多分、痛みの原因をなくしてくれる薬ではない(と思う)。痛みを感じなくさせる薬であろう。そんな薬を飲んでよいのか、そのうち痛み以外の感覚も無くさせる薬ができて、人類は何の刺激もない生活を望みだすのではないか、そんなことを考えながらも締め切りの迫る仕事を夜中に進めてしまう、正しいサラリーマンのS氏であった。

 翌朝、頭痛はほとんどなかった。多分薬の効果はもう切れているため、S氏の身体が頭痛の原因自体を治したのだろうと思う。身体はロキソニンよりすごい。上司に電話をして病状の報告と引継ぎを行い、たまっている仕事を進めていると、昼頃に電話が鳴った。K病院の女性の看護師さんからで、検査の結果、検出せず=陰性である、との連絡であった。熱が下がって24時間以上経過した上、職場との相談で社会復帰してよし、との連絡、そういうわけで発熱したS氏は新型コロナウイルス感染症に罹患し損なったわけである。

 大事をとって翌日は在宅勤務として、一日中家で仕事をしていた。郵便物を発送するといった自宅からはできない対応のみ、職場の同僚に依頼をしつつ、がりがりと仕事を進めていった。そんな休みと在宅勤務の3日間が終わり、S氏は金曜日に社会復帰を果たした。発熱したとき、全世界が彼のことを(新型コロナウイルス感染症の)キャリア疑いとして罪人のような扱いをした(わけではないが、少なくともそう思われても仕方がないと感じた)けれど、今やS氏は(PCR検査を信じるならば)陰性という確固たる証明を得た(もっともPCR検査の精度は決して100%ではないのだが)。電車に乗り合わせた人々、職場の同僚、そのほとんどが検査とは無縁の生活を送っている。無症状の陽性者がいてもわからない、その点S氏は(繰り返すがPCR検査を信じるのであれば)確実に陰性・無罪・潔白である。このグレーの世の中で、自分だけが純白高貴であることを、少し誇らしげに感じるS氏であった。

 S氏は、そもそも自身の体調がさほど悪くはなかったため、自身よりも家族に病気を移さないかが心配であった、という。結果としてS氏の新型コロナウイルス感染症はすぐに完治した(わけではなく、彼はそもそもコロナではなかった)ので何はともあれよかった。ともあれ、色々気を使った上に仕事の進捗が遅れたことで、もう二度とコロナになど罹りたくない、とS氏は言っている(繰り返すが、彼は一度もコロナには罹っていない)。

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