哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

熊楠と猫展in山梨 @敷島書房 のこと

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■2019年敷島書房の旅

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 2019年1月14日(月)、私は住まい致す房総半島は下総の地を旅立ち、8時ちょうどのあずさ2号ならぬ、9時半のかいじ101号で、遠き甲斐の国へ赴いた。私はそこで、モノリスに触れた猿がごとき進化をしたという。この記事では、その時のこと、そして私がそれを経て、いかに考えたのかを記す。

●私と敷島書房

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  私と敷島書房の店主との出会いは11年前にさかのぼる、私がまだ無垢な大学生であり、入学してすぐに大学近くの都内の書店でアルバイトを始めた頃のことである。彼は同じ書店で、社員として働いていた。その当時、彼は主にコミック本を担当されていて、人当たりの良い書店員であったし、自分が忙しくても、私たちアルバイトに何かあればすぐに助けてくれる、よい上司・先輩であった。彼と一緒に働いたのは翌年の夏前まで、1年強くらいである、家業である、敷島書房を継ぐと言って、彼は郷里の山梨に帰っていった。

 一緒に働いていた時は、そうやって大変よくしてもらいながらも、ただの社員とアルバイトの関係であったが、お互いビートルズが好きという共通点があって、やめる直前に書店近くのレコードを聴けるバーに誘ってもらい、大変良い記念になった。もう少し、一緒に話して、遊んでもらえばよかったと、後になって思った。

 別れ際に私は何の気なしに、彼に連絡先を聞いたら、携帯電話を持っていないと言って、敷島書房の住所を教えてくれた(2000年代の話である)。以来、季節の便りのやり取りをぽつぽつとし、彼は携帯電話を買い、ポールマッカートニーの来日を知らせる連絡が来て、敷島書房のTwitterが開設され、そんなこんなの手紙やメールだけの年に数度のやり取りが10年も続いた。

 ずっと、敷島書房については、店を見に行ってみたいとは思っていたし、当然、店主にも久々に会いたいと思い続けていたのだけれど、居住する千葉県から、たかだか本屋さんに行くために、山梨県を訪れるというのは、なかなかきっかけがないとできるものではない。

  実は昨年、2018年秋、店主は地元の甲斐市立敷島図書館にて、歴史講座「甲斐市で起こった逆転劇!~甲府開府500年 武田信虎と上条河原の合戦~」と題した講演をなさっており、これが私の甲斐攻めの好機と思ったのだが、生憎と都合がつかず、しょんぼりしていたところ、昨年末から今年2月にかけて、この熊楠と猫in山梨が開催されると知り、これはもう、10年ぶりの再会を果たしに行くしかないと勝手に熱くなって、突撃したというわけでござる。

www.minakata.org

●熊楠と猫㏌山梨

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  さて具体的に、このパネル展示の内容についてである。私は恥ずかしながら、南方熊楠について、その名前くらいしか知らなかった。だから私は『ペンギン・ハイウェイ』にミナカタクマグスが出てきても、何の興奮も抱かなかったし、それよりもアオヤマくんのおっぱいについての考察に、大いに関心を寄せていた。

 そもそものこの展示の元となる書籍『熊楠と猫』は、南方熊楠についてより多くの人に関心を持ってもらいたいとして、「幼時より猫ずき」を自称する熊楠と猫との関わり、猫が出てくる論考や書簡、熊楠の飼い猫について、昨今の猫ブームに便乗する形で、若い熊楠研究者がまとめたものだという。

 パネル展では、主にこの書籍の抜粋、猫のイラストや、熊楠の概要が記されているほか、敷島書房のオリジナルとして、店主自らが研究、執筆した、熊楠と山梨の関連について、紹介されている。また店主が在席時にはギャラリートークと称して、店主自らが来店者の熊楠愛に合わせて、解説、意見交換をしてくれるため、非常に得るものが多い。私の様な熊楠初心者に対しては、それこそ一から熊楠について教えてくれ、私はとても興味を抱いた。また店主自身の、熊楠に関する蔵書が展示されていて、手に取ってみることができる、というのも、素晴らしいことである。

 南方熊楠については、粘菌、変形菌の研究等、博物学の在野の研究者として知られている。しかし、まず彼の研究しているものとかではなく、彼という人間自体をかっこいいと思って興味を持った、そんなようなことを店主は仰っていたと思う。私は、『熊楠と猫』ともう一冊、南方熊楠顕彰館主催の展示プログラムを読んで、この意見に全面的に同意したい。正直言って、私は熊楠が研究してた、菌類についてはよくわからない。だけど、彼の研究に対する姿勢、その知的好奇心については、非常に感銘を受けた。彼はアメリカ、ついでイギリスへと遊学し、帰国後は和歌山県の田辺という土地で、研究をつづけたそうだが、その中で、特にイギリス(ロンドンの大英博物館図書室等)や田辺において、抜書ノートという、書籍や人に聞いた話のメモを大量に作っていたそうだ。 そして、菌類などの採集についても、熊楠にとっては自然の抜書だったのではないか、と。そうやって沢山集めたものの中から、例えば「十二支考」の虎であれば、虎にまつわるものを、文学、民間伝承、生物学、あらゆるジャンルから探してきて、一つの論考にまとめ上げる、これが彼の手法であったらしい。「南方熊楠ー100年早かった智の人ー」のプログラムでは、こうした彼の情報処理技法を、現代のコンピュータになぞらえて紹介していて、おぉと、これはかっこいいと、私も熊楠みたいにやってみたいと、大いに感心した次第である。

 また『熊楠と猫』には、熊楠が田辺で大いに困窮した様が描かれている。元々、海外遊学中も、親や弟からの仕送り頼みであり、田辺においても、弟から資金援助を断られ、一家離散の危機にあったのだという。自らの採取した粘菌や標本を処分する先も決まっていたようだから、なかなか現実的に危なかったのだろう。弟の元に、妻を交渉に行かせる旅費もなく、飼い猫の絵と自作の俳句を短冊にして、知人に 100円で買い取ってもらった金で行かせたというから、本当に土壇場である。

 そのようなわけで、熊楠には人間としての魅力がある、その関心の方向がよくわからなくても、彼のやり方や姿勢は大いに参考になるなと感じた次第である。

熊楠と猫

熊楠と猫

 

www.kahaku.go.jp 

●本と人とを結ぶ
「本の寺子屋」が地方を創る 塩尻市立図書館の挑戦

「本の寺子屋」が地方を創る 塩尻市立図書館の挑戦

 

  もう一冊、店主から勧められた本がある。それが『「本の寺子屋」が地方を創る』と題した、塩尻市立図書館の行っている取り組みをまとめた本である。

 塩尻市は、長野県内で、長野市松本市に次ぐ規模の市であり、塩尻駅前に市民交流センター(えんぱーく)がある。このえんぱーくの中核施設が、市立図書館であり、この駅前の施設に人を呼び込もうとして企画されたものの一つが、この「信州しおじり本の寺子屋」である。

 また、この試みをけん引したのが28年間務めた鹿島市役所からヘッドハンティングでやってきた、塩尻市立図書館長の内野安彦氏以下、図書館職員の方々と、河出書房新社で『文藝』編集長などを務められた、編集者の長田洋一氏であるそうだ。本書では彼らの出会いから、取り組みまでが触れられている。

 例えば、その出会い以前に、安曇野市に住む長田氏はその南隣、松本市古書店で、内野館長が、古書店から図書館の蔵書を購入する等していることを耳にし、興味を持ったそうだ。確かに、図書館長自らが古本屋を回って、図書館の蔵書を選ぶ姿は、なかなか想像しにくい。また信州は、利用者が気軽に館長を呼び出して、叱ったりほめたりするそうで、この二人の邂逅の時も、そうして内野館長が呼び出されて行ったら、長田氏がおり、そこから本の話をしたのだという。

 えんぱーくの成功の秘訣として、市としての意向や柔軟な考え、施設を支えるたくさんのスタッフの地道な努力がもちろん重要であったのだが、そういった沢山の要素の中で、この内野長田両氏の出会いは、不可欠なものであったろう。たまたま長田氏が都内での編集者の職を辞して安曇野に移り住まなければ、興味を抱いて塩尻を訪ねてこなければ、この出会いもなく、本の寺子屋もまた違った形になっていたかもしれない。そういう出会いの大切さは、この本のエピソードからひしひしと感じることができる。

 長田氏が、本の寺子屋の企画、講演の内容や招致する講師を考える際に、念頭に置いたのが、塩尻出身の古田晃氏が創業し、編集長も務められていた、筑摩書房総合雑誌『展望』の目次だそうだ。講演の一覧、パンフレットを見れば、確かに総合誌の目次の様に、様々なジャンルを抑えているそうだ。中でも、思想的にも出版の姿勢的にも、偏っていないのが『展望』であったようである。優れた総合誌は色々な人々の興味を網羅し、関心を抱かせやすい、このあたりの考え方は、私自身にとっても勉強になると感じた。

 そしてこのえんぱーくに限らず、全国には図書普及の先進的な取り組みを目指す行政、図書館があるそうだ。敷島書房のある山梨もその一つ。店主はそういった取り組みにも書店の立場から協力しているとのことだ。確かに図書館は無料貸本屋であり、出版、書店にとって、悪い面もあるのかもしれない。しかし昨今の出版不況などを見るに、そもそもの本好きを増やさないことにはどうにもならないのであろう。そのためにも、出版、書店、図書館とそれぞれで固まるのではなく、それらが横断的に手を取り合って、本に興味を持ってもらい、良い本を紹介し、また新たに本を出版するというサイクルで、書籍の文化を守っていかなければならないのだろう。

 店主は、「確かに本好きの人の人数は、昔より減っている、しかし、本を愛する人、一人一人の熱はより強くなっている」そんなようなことを仰っていた。私自身、本好きとして、そしてかつて書店でアルバイトをしていた身として、図書普及には関心は抱いているし、何かできることがあればやりたいと思う次第である。

甲府を楽しもう

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 さて、ここまで読んできた皆さんは、次の週末に敷島書房に出かけることになると思うので、ご参考までに私の当日の旅程を紹介したい。

9:30~11:19 移動(新宿~甲府

 JR特急かいじ101号

11:30 かぼちゃほうとうを食す

 甲州ほうとう小作甲府駅前店において

12:00 甲府市藤村記念館見学

 島崎藤村とはまるで関係なかった……

www.yamanashi-kankou.jp

12:38~12:56 移動(甲府駅バスターミナル~敷島西町)

13:00~14:30 熊楠と猫@敷島書房

14:34~14:53 移動(敷島西町~甲府駅バスターミナル)

15:20 日帰り温泉

 ホテル談露館において

www.danrokan.co.jp

16:00 帰りの汽車の切符が取れずに、やけ食い

  甲州夢小路において

tabelog.com

 17:26~19:06 移動(甲府~新宿)

 JR特急かいじ120号

 以上、くれぐれも帰りの電車の席は、早めに抑えてしまうことをお勧めする。

 ●私と甲府の未来

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 ただ、久々に友人に会いに行く旅で、思わぬ収穫を沢山得てしまった。 いや、それは収穫ではなく、種かもしれない。私にとって、南方熊楠という存在を知ったことは、一つの種であるし、もう一つの種はえんぱーくをはじめとした、図書普及の試みを知ることができたことである。

 このところ、複業(副業ではない)やパラレルキャリアという言葉を知り、またプロボノなど、色々な本業だけではない社会貢献の形に興味を持っている。私の勤め先は副業はできないし、まずはその本業をきちんと給与に見合っただけ、働くことが大前提であるが、そのうえで、休みの日を使って、お金を稼ぐのではなく、何かそれ以外の満足感、達成感が得られる活動ができないか、とそんなことを考えていた。例えば本業に近い、日本の伝統文化の普及に関することであったり、馬事文化の普及のことであったり、困っている人への支援であったり、またあるいはもちろん、図書普及についても。

 そんな中で、敷島書房の店主は、書店店主であり、在野の研究者であり、また図書普及の活動家でもある。おそらく郷土の研究をしたり、本の普及に携わったりしても、それはすぐに収入になるわけでもないだろうし、大変なこと辛いことも多いだろうと思う。そんな中で、それでもそういった活動を続けるというのは、大変尊敬できることであるし、私が理想とする生き方の一つの形なのではないかと感じた。

 今回の旅で得た二つのものを、私が種と呼んだのは、そういうことである。私はこれまでと違った、ただ会社に勤めるという社会とのかかわり方だけではない、別の可能性を探しているし、あくまで今回はその一つのモデルとしての敷島書房店主を見て、アイデア、きっかけとしての種を得たに過ぎない。それを果実として実らせて、収穫までもっていくことができるのかは、今後の私の取り組み次第であり、その取り組み、悪戦苦闘自体が、やがて収穫となるのではないかと思っている。

  末筆になるがこういうパネル展を開くと、こんな感じで美女とツーショットが撮れるらしい。ふむ……。

● 参考文献

・敷島書房Twitter

twitter.com

南方熊楠顕彰館

www.minakata.org

南方熊楠について(現代ビジネス)

gendai.ismedia.jp

・えんぱーく

enpark.info

・信州しおじり本の寺子屋

www.library-shiojiri.jp

山梨県立図書館

www.lib.pref.yamanashi.jp

山梨県立図書館の取り組み(NDLカレントアウェアネス

current.ndl.go.jp

・複業、パラレルキャリアについて(東洋経済

toyokeizai.net

「熊楠と猫展 in 山梨」

2018年4月に発売された『熊楠と猫』(共和国)。
6月には東京・高円寺のギャラリーにてパネル展が開催されましたが、今回は山梨県甲斐市の敷島書房にて開催されます!
熊楠が手紙などに描いた猫のイラストや、俳句・日記などに書きつけた猫の姿、そして熊楠と山梨に関連する話題などをパネルで会場内に展示いたします。
さらには扇子や絵はがきなどのグッズ・関連書籍の販売など、見どころいっぱい!
南方熊楠顕彰館オリジナルグッズ(手ぬぐい・扇子・マスキングテープ・ポストカード等)や書籍(熊楠研究等)も販売されます。

期間:2018年12月25日(火)~2019年2月28日(木)
時間:10時~20時(入場無料)※元日は休業
会場:敷島書房(山梨県甲斐市中下条660)
電話:055-277-2110
◎JR甲府駅南口よりバスで30分(「敷島西町」下車)
◎JR竜王駅南口より車で10分

後援:南方熊楠顕彰会
協力:(株)共和国