■2020年に読んだ本ベスト5
毎年の恒例となっている、前年の一年間に私が読んだ(出版年等は問わず再読も含む)本の中からオススメ本を紹介する試みであり、2018年:1位『朗読者』(ベルンハルト・シュリンク/新潮社)、2019年:1位『夜行』(森見登美彦/小学館)に続き、三度目となる。
●第5位:『人世を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日』(トム・ミッチェル/ハーパーコリンズ・ジャパン)
20代の頃(1970年代)、アルゼンチンの全寮制男子校に教師として赴任したイギリス人の著者によるドキュメンタリー。南米を旅する中で一羽のマゼランペンギンと出会い、パラグアイから連れ帰る。海に流出した石油にまみれた彼を助けるために奮闘する著者の様子がリアルに描かれている。
フアン・サルバドール(救世主ヨハネ)、あるいはフアン・サルバド(助けられたヨハネ)と呼ばれるペンギンはセントジョーンズ校にて受け入れられ、またペンギンの側も学校の屋上で教師・生徒だれをも喜んで迎え入れ、一緒にラグビー観戦をしたり、プールを泳いだり、ジャカランダの下を歩いたり、学校の屋上で著者の晩酌に付き合ったりする。
とても素敵な、優しい日々が描かれていて、それもリアルなのがすごい。著者はこまめに本国の両親に手紙を送っていたそうだから、それが元なのであろうが、それにしても丁寧にリアルに、当時の日々が再現されている。
ペンギン本として秀逸であるだけでなく、当時の軍事クーデター下、経済的に混乱するアルゼンチンの情勢や、著者がフアン・サルバドを帰せる場所を探してバイクで巡った、彼の地の自然の雄大さなど、興味深い点が満載であった。
●第4位:『ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ扉子と空白の時』(三上延/KADOKAWA)
三上延およびビブリア古書堂の事件手帖シリーズのノミネートは2018年第2位:『ビブリア古書堂の事件手帖~扉子と不思議な客人たち~』(KADOKAWA)以来2度目。
相変わらず面白く、一気に読めてしまった。篠川智恵子しかり、井浦創太しかり、本の魅力に気が狂ってしまった人をうまく描いている。古書をテーマに優しい世界のようでありながら、ミステリーとして人間の欲望をきちんと描き出しているのが、同シリーズ・同作者の魅力である。
今回は金田一耕助の生みの親である、横溝正史についての3短編。娘の篠川扉子が大きくなっても、仲睦まじい大輔と栞子の夫妻が微笑ましい。あとは手を貸してくれるヒトリ書房の井上が変わらずかっこよい。
●第3位:『めんどくさい本屋 100年先まで続ける道』(竹田信弥/本の種出版)
詳細は「敷設のこと②」にも記載したが、本書は東京・赤坂にある双子のライオン堂という本屋さんの店主が、自身の子ども時代のことから現在までを振り返った自伝である。
双子のライオン堂は、著者である竹田信弥が高校時代に始めたネット古書店が最初だという。高校生の頃に自分がやりたいことを考えられることも凄いし、当時そのネット古書店をやるかどうか悩んでいて、後に奥様となる彼女にやりなよと後押しされて始めた、的確にそのやりたいことを人に相談できていて、背中を押してくれる人脈に出会っていて、後押しさえあれば始められる行動力を持っている、高校時代はもちろん現在の私にさえないものを、高校生の著者が持っていた、という点が、尊敬でしかない。
また会社員時代も、仕事を離れればネット古書店をなさっていたそうで、嫌なことがあっても自分は本屋なのだと、気持ちを切り替えていたとのこと。とてもいいなと思う。現在の私は同じ会社員であって、そうするとどうしても会社が第一となってしまうが。そこで会社員であるだけでなく、自分はこれである、という肩書が持てるというのはいいと思うし、そういう何かを私も見つけてみたいなと、考えるきっかけをくれた本である。
●第2位:『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』(ジェレミー・マーサー/河出書房新社)
詳細は「2020年10月の読書のこと」にも記した。
カナダ人である僕(ジェレミー・マーサー)は犯罪記者をしていたが、友人のことを本に書いたことで脅され、身の危険を感じてフランス・パリに逃亡する。フランス語教室やホテルでの節約生活の後、路銀が尽きて英語書籍専門の書店である、シェイクスピアアンドカンパニー書店で数カ月間生活することになる。店主のジョージに好かれ、公私の相談に乗る友人となる。詩人のサイモン、映像好きのカート、70歳近く年上のジョージに求婚されるイヴ、僕と付き合うナディア、夜の店番をするルーク、様々な魅力的な人が登場する。
同書店は多数の作家の卵たちや、共産主義者が寝泊まりできる、書店でありながら、自由の砦のような印象だ。それぞれに個性的な人々が共同生活を送って友情をはぐくんだり、自身の特技を生かして世に出ていく様に、勇気と希望をもらった。
本当に素晴らしい空間で、いつか自分自身でこういう場所を作りたいと思う。事実・ドキュメンタリーでありながら、小説のようにわくわくさせられる素晴らしい本であった。
●第1位:『風よあらしよ』(村山由佳/集英社)
村山由佳のノミネートは2019年第5位:『猫がいなけりゃ息もできない』(ホーム社)以来2度目。詳細は「敷設のこと③」にも記した。
伊藤野枝(1895-1923年)の評伝小説。福岡の田舎町出身の男勝りの野枝が学問をしたい一心で親戚に直訴し、上京して女学校へ。そこで教師の辻潤と恋に落ち、親の決めた嫁ぎ先から逃亡。平塚らいてふの『青鞜』に参加。そして無政府主義者の大杉栄と出会い、辻を捨てて出奔、大杉の妻である堀保子や愛人神近市子との四角関係と、神近に大杉が刺される日陰茶屋事件、そして大杉と野枝は関東大震災直後の甘粕事件により殺害され、井戸に遺棄される。激動の人生で、長い長い話でありながら、そして現実を基にしていながら、山あり谷ありでストーリーはジェットコースターのように読み手を引っ張り、熱中させられる。
大杉栄は自由恋愛を主張し、作中3人の女性と関係を持つ。多くの女性に惹かれてしまう自分、そしてそれを隠し通すほど割り切れない自分に折り合いをつけるための、詭弁としての自由恋愛の主張のように感じ、なんとなく憎めないなあと感じた。結局、自由恋愛の実験は破綻し、大杉と野枝は互いに唯一の存在として認め合うが、それが男女としてだけではなく、同志としてのつながりであったというのは、腑に落ちるように感じる。いずれにしても、私はこうした大杉の馬鹿正直さ、重度の吃音に自身でも悩みながら、それでも緻密に計画し、行動し、主張する様に好感を覚えた。
主人公である野枝のみならず、関係者各々の視点で語られるため、野枝について大杉について、当時の日本について、多面的な見方ができて面白い。とてもとても骨太で、読み応えのある良書。おすすめ。
■対象書籍
タイトル | 作者 | 出版社 |
---|---|---|
魔王 | 伊坂幸太郎 | 講談社 |
名残の花 | 澤田瞳子 | 新潮社 |
近代能楽集 | 三島由紀夫 | 新潮社 |
在野研究ビギナーズ 勝手にはじめる研究生活 | 荒木優太 | 明石書店 |
住職がつづるとっておき深大寺物語 | 谷玄昭 | 四季社 |
新アラビア夜話 | スティーヴンソン | 光文社 |
能舞台の世界 | [編集]小林保治・表きよし [写真監修]石田裕 |
勉誠出版 |
切羽へ | 井上荒野 | 新潮社 |
深大寺恋物語15集 | 熊木詩織・古森暁・坂本文朗・二十一七月・長谷川彩香・雪柳あうこ・村松友視・井上荒野・今村翔吾・江國香織・角田光代 | 深大寺短編恋愛小説実行委員会 |
これからのエリック・ホッファーのために | 荒木優太 | 東京書籍 |
みんな元気。 | 舞城王太郎 | 新潮社 |
独学で歴史家になる方法 | 礫川全次 | 日本実業出版社 |
煙か土か食い物 | 舞城王太郎 | 講談社 |
教養として学んでおきたい能・狂言 | 葛西聖司 | マイナビ出版 |
エリック・ホッファー自伝 構想された真実 | エリック・ホッファー | 作品社 |
好き好き大好き超愛してる | 舞城王太郎 | 講談社 |
声の文化を楽しむ 朗読のすすめ | 好本惠 | 日外アソシエーツ |
ヒットの設計図 ポケモンGOからトランプ現象まで | デレク・トンプソン | 早川書房 |
波止場日記 労働と思索 | エリック・ホッファー | みすず書房 |
ヨガが丸ごとわかる本 | Yogini編集部 編 | 枻出版社 |
世界は密室でできている | 舞城王太郎 | 講談社 |
レバノンから来た能楽師の妻 | 梅若マドレーヌ | 岩波書店 |
ビブリア古書堂の事件手帖Ⅱ扉子と空白の時 | 三上延 | KADOKAWA |
怪談四代記 八雲のいたずら | 小泉凡 | 講談社 |
機巧のイヴ | 乾緑郎 | 新潮社 |
鐘よ鳴り響け 古関裕而自伝 | 古関裕而 | 集英社 |
心の傷を癒すということ 神戸365日 | 安克昌 | 作品社 |
機巧のイヴ新世界覚醒篇 | 乾緑郎 | 新潮社 |
三体 | 劉慈欣 | 早川書房 |
稚児桜《能楽ものがたり》 | 澤田瞳子 | 淡交社 |
めんどくさい本屋 100年先まで続ける道 | 竹田信弥 | 本の種出版 |
6時27分発の電車に乗って、僕は本を読む | ジャン=ポール・ディディエローラン | ハーパーコリンズジャパン |
シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々 | ジェレミー・マーサー | 河出書房新社 |
機巧のイヴ帝都浪漫篇 | 乾緑郎 | 新潮社 |
風よあらしよ | 村山由佳 | 集英社 |
思わず考えちゃう | ヨシタケシンスケ | 新潮社 |
首里の馬 | 高山羽根子 | 新潮社 |
『百年の孤独』を代わりに読む | 友田とん | 代わりに読む人 |
活版印刷三日月堂 星たちの栞 | ほしおさなえ | ポプラ社 |
電子と暮らし | 西島大介 | 双子のライオン堂 |
きよしこ | 重松清 | 新潮社 |
人世を変えてくれたペンギン 海辺で君を見つけた日 | トム・ミッチェル | ハーパーコリンズジャパン |
●参考:次点
●対象書籍の評価割合
評価割合 | 2020年 | 2019年 | 2018年 |
---|---|---|---|
☆ | 14.3% | 23.8% | 17.1% |
◎ | 50.0% | 54.8% | 41.5% |
○ | 35.7% | 21.4% | 41.5% |
△ | 0.0% | 0.0% | 0.0% |
「2020年7月の徒然なること」で書いた通り、私は読了した本に読了時点の印象で評価を打っていて、同記事を出した時点では、2020年は☆(一等)評価がなかった。そこからの下半期で☆評価が6冊出て、結果的にその割合は上表の通りとなった。その記事でも同じようなことを書いたけれど、その理由について、私が面白い本に出会えていないのか、それとも私が面白いと思える状況でなかったのか、それは定かではない。
2020年の前半はご存知の通り、新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言が発令され、仕事もできずに家にこもることの多い時期であった。4月・5月の雰囲気は本当に、外食するな遊びに行くなではなく、外出自体ダメだよ、という様子であった。そんな中で、何を読んでもなかなか心から楽しめなかった、という可能性はある。
何はともあれ、2020年は過去3か年で、☆評価が最も少ない年となった。
●対象書籍の入手経路
入手経路 | 2020年 | 2019年 | 2018年 |
---|---|---|---|
図書館で借用 | 45.2% | 47.6% | 46.0% |
古書店で購入 | 16.7% | 7.1% | 44.0% |
新刊書店で購入 知人からの贈答品 |
28.6% | 28.6% | 5.0% |
3年以上前に入手 | 9.5% | 16.7% | 5.0% |
「2019年の読書のこと」に記載の通り、2017年に精神病で仕事を休職していた私にとって、懐と心のゆとりのなさが、私の2018年の新刊購入の少なさの原因である。現職に定着して仕事が充実する中で多少お金をかけても素早く興味のある本を手元にほしいという気持ちと、気に入った本屋さんにお金を落としたいという気持ちとがあり、2019年以降は、できるだけ新刊書店でお買い物をするようにしている。と言ってもそれは4分の1程度。本は欲しい、しかし同記事に書いた通り本棚はパンパンである。自然と図書館に頼ることが多くなる。助けてほしい。