哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

もっと公共交通機関のこと

 

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■もっと公共交通機関のこと

 先日、夢の中で私は未来に行っていた。未来では路線図が今と変わっているようで、職場に通勤するのに、多少遠回りをしなければいけなくなっているようであった。しかし、よくよく調べてみると、通勤にかかる時間は今と大差ないようで、ああ、そうか、未来だから新型の速度の速い電車なのだなあと、妙に納得した覚えがある。

 目を覚めて思った。意味不明である。夢の中とは言え、未来に行ったのだから、もっと気にするべきことがあるだろう。未来の総武線の姿などはっきり言ってどうでもよいのである。しかし、私の人生は通勤電車で形作られているようである。

 


【千葉】ムーミン列車のこと【いすみ鉄道】

 

 ところで夢の話ではなく、現実問題として、近々鉄道は変わっていく予定である。その変化の骨子となるのが、座席占有の基準に関する部分だ。現行のルールにおいては、優先席という、誰が優先されるべきなのか甚だあいまいな座席を除き、原則的には早い者勝ちで座席の占有がなされている。しかし、これは誠に野蛮な決定方法で、それが故に、現在の朝の通勤列車内では万人の万人に対する闘争がなされている。例えば、座席が一つしかないとしよう。ちなみに、ここからひたすら中央総部緩行線を例に上げ続けるので、路線図を眺めながら読まれるとよろしい。

 さて、津田沼駅にて、新宿へ行く人と、船橋へ行く人とが同時に乗車してきた。その時、着席すべきは当然前者であるが、両者が相手の行き先を知らず、またその他に考慮すべき特別な事由がない時、後者が着席することはままあるはずである。ここで、前者をA、後者をBとしよう。AはBが下車した際に座れればよいのだが、東船橋で、下総中山まで向かうCが乗車してきており、船橋駅にてAとCでの取り合いの結果、Cが着席することも、ままあることである。これでCの下車時にAが着席できれば良いのだが、西船橋で乗車し、本八幡まで向かうDが……、とひたすらAが椅子取りゲームに負け続けた結果、A一人に大きな負担を強いて、B以下は着席できなかったとしても、何ら大きな負担は強いられないのに、着席し続ける、という悲劇が発生する。

 また優先席の曖昧さについても触れておかねばならない。お年寄り、妊娠中の人、けがをしている人、内臓疾患を抱えている人、等がこの優先対象になるのであろう。では風邪をひいている人はどうだろう。妊娠初期の人と、39度の熱がある人は、どちらが座るべきであろう。小指を骨折している人と、心を痛めている人は、どちらがより座席を必要とするだろう。何歳からが優先されるべきお年寄りなのだろう。杖を突いていれば、席をとりに走れる人も優先席に座らせるべきなのだろうか。これらの答えは、出ない。すべては、我々の良心に託されている。しかし、そんな負担を担うのは、もうやめよう。E氏は、そんなことを考え始めてついに、電車で着席することができなくなった。

 彼は電車に乗って座っていると、目の前に立ってつり革につかまっている人々の不幸が見えてしまうのだ。例えば、昨日、目の前に立っていた女子高生のFは、学校でいじめれれているのだ。バドミントン部でキャプテンを務める、活発で明るい女の子であったが、男子からの人気を他の女子ににらまれ、学校では誰からも口をきいてもらえなくなっており、家庭では、実の父は他界しており、母親の再婚相手、義父は朝から酒を飲んで、家で暴れている。母はそのどうしようもない再婚相手に脅されて、夜間は水商売を、日中は仕出し弁当の店で、身を粉にして働いている。Fも家に帰れば、義父からの暴力を受け、学校では誰からも相手にされず、そういった自分の境遇を儚み、夜も寝られないほど悩んでおり、電車でつり革につかまっていても、危うく疲労と寝不足、ストレスで意識を失ってしまいそうである。そんなことが分かってしまうE氏は、昨日はFに席を譲ってしまった。

 もちろん、これはすべて、Eの妄想である。可哀想な女子高生は実在しないのであるが、優先されるべき人を我々が各個に想定し、忖度せよという現行ルールは、こうしたE氏の様な超能力者を量産する故に、危険極まりないのである。

 こういった悲惨な現状を受け、鉄道各社は制度改善に乗り出し、2022年より、誰が優先的に着席すべきかを、きちんと数値化し、きわめてシステマチックに、着席すべき人を選出する方法に変更するのである。その制度のあらましをいかに記す。

 人々は、各個に数値をもらい、それが切符に明示される。その数値が低いほど、優先的に着席するべき人であり、電車に乗って、自分より数値の高い人が着席していた場合は、申し出て席を代わってもらうことができる。またこの数値を、乗客全員が認識できるよう、鉄道客は皆、おでこに切符を張り付けて、自身の数値を皆が確認できる状態にしなければならない。なお多額の対価を支払ってフリーパスを購入することも可能であり、その場合は、最優先で列車に乗車、着席ができる旨を、おでこに入墨することで表示する。

 では、その数値はいかにして決まってくるのであろう。基本的には各人の基準値を、年に一度の、全国鉄道各社共通の体力測定で測ることになる。健康診断とスポーツ測定を想像してもらえればわかりやすいが、その課題の出し方に工夫があり、手を抜いて点数を下げようとするとわかってしまうような、きわめてデリケートな試験内容となっている。もっとも、それでも不正をして点数を下げ、着席しようという輩は後を絶たない。しかし、点数が高い、つまり着席できる可能性が低い人は乗車運賃が安くなることになっており、この測定で全力を出そうというインセンティブにはなっている。

 さて、そうして算出される各人の基準値であるが、例えば40歳男性の平均値が50.8、40歳女性の平均値が51.1となっている。やはり女性の方が体力がない人が多いので、多少、女性の方が優先的に着席すべし、という結果になっている。その他、16歳の女性の平均値が42.0、70歳の男性の平均値が70.9である。

 こうして算出された基準値に、その時々の特殊要因を加減する。行き先が勤務先ないし公的機関の場合は、+1のボーナスが付く。まったく同じ体力の人の場合、行き先が会社か、遊びに行くかで、座れるか否かが決まるのだ。また37度台までの発熱を伴う風邪で+10、38度以上の発熱になると+24、同様に上半身の骨折の場合は+24、下半身の場合は+32となる。妊娠も初期の軽度なものから、出産間近に応じて、+3~+40とボーナスが定められており、このボーナスを受けるには医者による診断書が必要となっている。各駅には一人以上の常駐医が勤務し、この査定を受け持っているため、かかりつけ医に受診しなくとも、ここで軽微な病気に対しては、診断書をもらうことができる。

 こうして算出された基準値とボーナス値の合算に、移動距離に応じた割合を乗じて、各自の数値が決定される。例えば、中央総部各駅停車の千葉駅で乗車する場合、基準駅は船橋駅となり、船橋駅で下車する場合は、基準値+ボーナス値がそのまま自分の値となる。一方、同じように千葉駅で乗車しても、西千葉駅で下車する人は×0.75を、三鷹駅まで行く人は×1.25を乗じて自分の値を算出することになる。

 例えば千葉駅で乗車した、平均的な40歳男性が軽い風邪をひいており、三鷹駅の会社まで行く場合は、(50.8+10+1)×1.25で、値は77.25、同じく千葉駅で乗車して船橋駅まで遊びに行く、最初期の妊娠中の平均的な70歳男性は、(70.9+3)×1.00で、73.9となり、この場合は、40歳男性が優先的に着席できる。なお言い忘れていたが、この制度は未来の制度であり、来るべきジェンダーフリー時代に適合したものであるため、男性が妊娠ボーナスを使用することを否定しない。

 以上のような形で、近い将来、鉄道制度は大きな変更点を迎える。これはまだあまりマスコミ等で取り上げられていないことであるが、神に誓って、ウソのような作り話であるため、よく覚えておいていただきたい。

 

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