哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2021年5月の徒然なること

■2021年5月の徒然なること


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トマトのすのをっているのです

 「2021年5月の徒然なること」を、書くゆとりがなかったのは、これを書こうと思っていた週に参加した読書会が楽しかったので、それを記事にしてしまったためだ。その後、6月に入って早々に、日常で書いておきたいことができてしまったため、今回は6月のことを、5月の徒然なることとして、6月に書くのである。もっと別のタイトルで書けばいいじゃないか、という気はするが、もう考えるのが面倒くさいので、とりあえずこれでいいのである。

●虫の日

 タピオカは苦手だった。それは分かっていたのだけれど、それをあっさり受け入れた私の心の弱さに、気持ちが一層落ち込んだ。半蔵門線の車内は空いていて、だから私がマスクをずらして、タピオカミルクティー的な飲み物を啜って、またマスクを戻して、それを気にするような乗客はいなかった。

 この三カ月ほど、本業が忙しかった。忙しくしていても、報われなさが強かった。自分がシーシュポスにでもなったようであった。何故か仕事を励めば励むほど、仕事は舞い込んできた。それがある日、どうしようもなく悲しくなって、私は男の子だから泣かないので、その悲しみを汗にして出す必要があって、絶対翌日にお腹を壊すと思いつつも、餃子の王将で「辛さ激増し野菜たっぷり担々麺」をテイクアウトして、夕食に食べた。辛かったけどさほど汗はかかなくて、だから私の悲しみはちっとも身体の外に出ていかなくて、だけど辛みと油は翌朝の私のお腹をきちんと破壊していて、もはや気分が悪いのか体調が悪いのかよくわからないまま、私は会社を休んだ。

 お腹の不快感はトイレに行って、肛門が焼けるのを感じながら、それでも溜まったものを全部出してしまえば随分とすっきりしたけれど、相変わらず悲しみの洪水はお腹の中に居座っていて、気分は優れなかった。うつ(状態)の時、眠くなるのはどういうわけだろう。単純に身体のエネルギーが枯渇していて、休息が必要なだけだろうか。それにしては寝ても寝ても眠い。眠気が世の中の刺激から私を鈍感にしてくれる。朝っぱらに上司に休みの連絡をして三時間寝た。起きたら上司からメールが入っていて、その対応だけ済ませて、あとは仕事のメールは見ないことにした。朝ご飯を食べていなくて、お腹の中が空っぽの感覚はあったが、まるで食欲はなかった。

 休みなので表参道に行くことにした。体調不良で休んでいるとはいえ、身体はのそのそとだがちゃんと動いた。心を少しでも慰めるため、革鞄の壊れた金具を修理しに鞄屋に行き、ついでにその近所のデニム屋で半ズボンを買うのだ。そんなお買い物の計画を、嵐の平日に決行することにしたのだ。大丈夫、こんな日の方がきっとお店も空いているさ、と思って。

 駅までの途中で特茶を買って飲んだ。そういえば朝から水分もとっていなくて、口の中がねばねばしていて、マスクの中が臭かったのだけれど、特茶がそうしたドロドロしたものを、悲しみの洪水が渦巻く私のお腹に流し込んだ。千葉方面から表参道に行くには、もちろんいくつも道はあるのだけれど、私は錦糸町半蔵門線に乗り換えるか、お茶の水で千代田線に乗り換えるのが好きだ。どちらを選ぶかは、途中駅で済ませたい用事による。今日は(多分)最近、駅前に出現したおしゃんな茶店で紅茶を飲んでみたかったので、錦糸町を経由することにした。

 途中の駅から、私の隣に座ってきた女性のビニール傘が、私のジーンズにぺったりと張り付き、水気がじんわりとふくらはぎに滲みた。ジーっと隣を見ると、女性は手にしていたスマートフォンを私の目線からスッと高く逃がした。目は口ほどにはものを言わないことに私の悲しみの洪水は少しだけ勢いを増したけれど、だからと言って、錦糸町までの数駅我慢すればよいことのために隣の人に話しかける気にはならなかったし、そもそも私は両耳をふさいだイヤホンから流れてくるラジオ「渋谷で読書会」のアーカイブを聞くことで忙しかった。

 錦糸町のおしゃんな茶店はテイクアウトオンリーで、映えるミルクティー等々を出す店であった。期間限定と思しき、フローズンなんちゃら紅茶、的なものが大きな看板に写真付きで紹介されていたので、それを発注した。お店の人は特に関心もなさそうに、タピオカ入れますか、と私に聞いた。ラーメン二郎でニンニク入れますか、と聞かれたら、何と答えるだろう。それは無料でニンニク、野菜や油の量が調節できる、という問いかけである。では、タピオカは……。そもそもタピオカが入るのが普通であり、無料で有無をオプションできるのであれば、入れてもらった方が良い気がする。金銭的にこちらの腹が痛むわけではないし、何より店がタピオカありの飲み物として勝負しているのであれば、きちんとその勝負には乗らねばなるまい。しかし一方で、別料金を出してまで、タピオカを入れる必要があるのか、はなはだ疑問だ。なぜなら店がタピオカなしで勝負するつもりの飲み物としているのなら、まずはそのまま頂戴して、なんだかタピ感が足りないな、そう思った場合だけ、次回からタピオカ入りを発注すれば、事足りるのだから。そもそも私は、タピオカが苦手である。無駄にもちもちしていて、味があるわけでもなく、邪魔なだけとしか思えない。しかしこのやる気のないお店の人は、それでもその道のプロフェッショナルとして私に、タピオカ入れますか、と聞いている。ここでタピオカを拒絶して、私は後悔しないか。そして、そもそもそのタピオカは無料なのか有料なのか。こんな時ハンバーガーショップなら、ご一緒にポテトはいかがですか、と聞くであろう。それならば、別料金がかかることは、容易に推察できる。私だって、ご一緒にタピオカはいかがですか、と言われれば、いえ結構、と即答できる。しかし、タイカレー屋のパクチー入れますか、のノリでタピオカ入れますかって……、お願いします。会計が100円ほど追加された……。

 相変わらずラジオを聞きながら、そしてタピオカフローズンミルクティー的なものを啜りつつ、私は表参道に向かった。そういえば相変わらず眠かったし、数日前から右目がぴくぴくして痛かったし、今日は寝過ぎたせいなのか、頭がジンジン痛んだ。特茶の上に、タピオカと、ミルクティーと、フローズンが入ったことで、私のお腹は少し機嫌がよくなった。タピオカは全くおいしくはなかったけれど、そのおかげで少しだけ、お腹が満足したのだと思うと、私の悲しみの洪水も少しだけ収まったように思われた。その分、表参道の街には嵐が来ていて、傘ごと飛ばされそうになりながら、デニム屋に行った。本当はボタンフライのごつごつした半ズボンが欲しかったのだけれど、あれよあれよという間に、ジップフライのさらさらした半ズボンのお買い上げが決まった。鞄屋の職人さんは、ものの5分で革鞄の金具を直してしまった。鞄屋の新人さんと思しき若い接客担当の男性が、しきりに周囲をうろうろするのを視界の端にとらえつつ、できるだけ彼から逃げるようなルートで店内をぐるぐる回って、父の誕生日プレゼントを買った。今度は晴れた土日に来ようと思った。

 そんなこんなで、私は地元に帰ってきた。帰ってきて、行きつけのカフェに行った。カフェの女将さんに以前、甘いものといっしょの時のコーヒーはブラックで、そうでないときはミルクと砂糖付きにしている、と話したことがあった。抹茶のアフォガードとホットコーヒーを頼んだ私に、この場合はブラックでいいんですよね、と彼女が聞いた。はい、お願いします。私の悲しみの洪水は、水溜りになりました。夕方、もう一時間昼寝して、頭の痛みは大分治まった。

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