哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

映画等のこと⑥「TOVE/トーベ」

■映画等のこと⑥「TOVE/トーベ」

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 日本でも大人気のキャラクター、ムーミンの生みの親である、トーベ・ヤンソンを題材とした映画を、新宿武蔵野館にて拝見してきたので、以下に感想を記す。

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●TOVE/トーベ(監督:ザイダ・バリルート)こと
 ムーミントーベ・ヤンソン(1914〜2001年)がフィンランドの風刺雑誌「ガルム」(1923〜1953年)の表紙や挿絵のイラストを描く際に、自分の分身として登場させたそう。当初はスノークと呼んでいて、Toveのサインの脇に描いていた、とのこと。
 本作ではトーベが30〜40歳代の頃、WWⅡ戦中から戦後の荒廃したフィンランドに、自らのアトリエ(1944年から約60年間にわたって使ったウッランリンナ1番地の住宅兼アトリエ)を構えた頃から、ムーミンの大ヒットまでが描かれる。
 トーベの父、ヴィクトル・ヤンソンは著名な彫刻家で、トーベの描いていたムーミンのイラストや童話を、そんなものは芸術ではないと、時間と才能を浪費するなと、プレッシャーをかける様子が窺える。対するトーベも自分は画家である、イラストは生活のためである、ということを(本作の中で)言っていて、その一方でトーベがムーミンたちの世界を深く愛して、その想像の世界に大切な人を登場させて楽しんでいた様子もまた、よく伝わってくる。結果的にはムーミンの大ヒットを受けて、トーベは童話作家・漫画家へと軸足を移す決断をする(本作の最終盤のトゥーリッキとの出会いは1955〜1956年頃のことであるため、映画には描かれていないが、トーベは1960年に画家としての再出発を果たすそう)。
 また当時、トーベはスナフキンのモデルとされるアトスという政治家で妻子のある男性と交際をしていた。そんな中、市長の娘であり演出家のヴィヴィカという女性と出会い、二人は恋愛関係となる。当時、1971年までのフィンランドでは同性愛は病気であり犯罪という扱いだったそうで、彼女たちは二人の間でしか通じない暗号のような言葉で会話をしたり、手紙のやり取りをする。そう、まさにその関係が、童話『たのしいムーミン一家』に登場し夫婦でしか通じない言葉でコミュニケーションをとる、トフスランとビフスランに投影されている。
 本作ではヴィヴィカが演出したムーミンの演劇(ヘルシンキスウェーデン劇場で上演された「ムーミントロールと彗星」)も描かれる。ムーミン役の俳優(ムーミンの着ぐるみに目元だけ顔が出ているという、なかなか奇っ怪な装束を纏っている)の、ムーミンはなぜいつも優しいのかという質問に、トーベは、彼はいつも不安なのだと、愛を奪われそうになると怒るのだ、という旨の返答をしている。やがてアトス、ヴィヴィカとの恋愛関係は終了するが、二人とは生涯良き友人関係を築いたそう。そしてトーベの生涯のパートナーとなる女性、『ムーミン谷の冬』に登場するおしゃまさんのモデルとされる、トゥーリッキとの出会いを描いて本作は終幕する。
 トーベのパートナーとしてトゥーリッキのことは存じていたが、アトスやヴィヴィカについては知らず、今回本作を通して知ることができて良かった。彼らの関係は不思議な関係で、アトス、ヴィヴィカと同時に関係していたトーベは、男はアトスだけ、女はヴィヴィカだけとの、なんだか浮気者のような発言をするが、それはそれで真実なのだろうなと思う。それくらい真っ直ぐなものを感じさせてくれるのが、トーベである。
 本作で描かれるトーベはその二つの恋が幕を引き、また画家(芸術)の道を(一旦)諦め、新たな道(ムーミンであり、新たな恋人であるトゥーリッキであり)へと進んでいく転換期にある。その道へと迷いながらも進んでいくトーベの様子が、苦しみも喜びも丁寧に描かれていて、素晴らしい映画だと思う。
●追記

 2021年10月16日(土)、私は千葉県市川市で開催された、第4回本八幡屋上古本市に仇櫻堂の屋号で出店をした。ちょうどこの映画を見に行った直後であったので、家にあった『ムーミンパパの思い出』と『ムーミン谷の仲間たち』の文庫を持参したところ、後者はお買い求めいただき、私の手元から旅立っていった。そのお客様へはもちろん、両書を手に取ってくださった方には、本作の宣伝をした。ムーミンは子供向けの童話のようでいて、トーベのその時々の様子、考えていることが、色濃く反映された作品であるし、特に『……仲間たち』以降の作品には、その傾向が強くなる。『……仲間たち』はムーミン童話シリーズの中では唯一の短編集であるが、後にトーベが大人向けに書いた短編小説と同じ主題の作品も収録されており、子どもも大人も楽しめる一冊である。是非、現在公開中の「TOVE/トーベ」とムーミン作品に触れていただければ、幸甚である。

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