哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2022年5月の読書のこと「モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語」

■モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語(内田洋子/文藝春秋)のこと

 北イタリアの山の中にある小さな村「モンテレッジォ」は代々、本の行商で生活していたそう。そんな土地を著者が取材した作品。私自身一箱古本市に出るなど、本を持って移動し販売する大変さは体験しているので、興味津々。出てくる村の人々は良い人ばかりで、ワクワクしながら読んだ。

●読んだこと

 本書の物語は、ヴェネツィア古書店・ベルトーニ書店から始まる。現店主は4代目のアルベルト。4代続いた書店というとなかなかの歴史に思われるが、本人たちはまだ4代目という認識のようだ。アルベルトに代わって時折店に立つ老父・3代目に聞けば、ヴェネツィアで開業した初代は当地ではなく、トスカーナの出身だという。

 イタリアはご存知の通り長靴の(ような)形をしている。ヴェネツィアが膝(関節の)裏あたりだとすれば、トスカーナは膝下あたりに広がる州であり、フィレンツェやピサ等の古都を擁する。しかしアルベルトの曽祖父が出たのは山間の小さな村モンテレッジォだそう。さらに著者が問うと、この村の男たちは初め自身たちの腕力を(つまり季節労働の出稼ぎなどで)売って生活していたが、それにも行き詰まるとなぜか、古本を売って歩くようになったのだという。

 著者はこのヴェネツィア古書店でのやり取りから、遠いモンテレッジォを訪れることにする。ネットサーフィンをし、モンテレッジォの(素人感まるだしの)WEBページを見つける。そこには広告も関連リンクもなく、モンテレッジォについて調べた内容だけが、几帳面にまとめられていたそうである。ページを立ち上げた有志の代表ジャコモ、副代表マッシミリアーノの案内で著者はモンテレッジォを訪問する。この二人が真面目なジャコモと陽気なマッシミリアーノと、絶妙のコンビで読んでいて面白い。どちらも優しい印象を受ける。

www.montereggio.eu

www.montereggio.eu

 そんなこんなで、著者はモンテレッジォを何度も訪問し、関係者への聞き取りを行うようになる。最初の訪問の際、村の食堂での様子が描かれる。モンテレッジォの周りは一面の栗、その恵みを粉にして、水で練ってニョッキとして食べていたそうだ。また通常イタリアの山中ではラード脂が使われるそうだが、ここは海側との交易があったためオリーブオイルを使うのだそう。食性は、面白い。

 モンテレッジォの人々が本の行商を始めたのは、いつ頃だったのだろう。1800年代初頭にモンテレッジォの人々に出された通行許可証の職業欄には、石を売り歩いていた旨が記されている。それが砥石、聖者の御札へと変わり、1800年代中盤には本を売るようになったそう。イタリアへの読書普及については、1800年代初頭のナポレオン・ボナパルトによるヨーロッパ各地への進行で、イタリア民族統一の機運が高まったことが一因だそう。いずれにせよ、この頃からモンテレッジォは古本の行商を主産業とする村となるのである。

 そして現在、モンテレッジォの村自体はあまり多くの住人がいるわけではないようだが、その近隣の街々で、モンテレッジォにルーツを持つ人々が書店や出版等の仕事をしている。またモンテレッジォよりさらに北に進んだ山麓の村ポントレモリは、イタリアで最も権威ある文学賞の一つであり、イタリア版本屋大賞ともいえる《露天商賞》の発祥の地(第一回の受賞作はヘミングウェイの『老人と海』だそうだ)であり、毎夏その授賞式が催されるそうだ。

 著者自身、第68回露天商賞(Premio Bancarella)の授賞式にて、「金の籠賞(GERLA D'ORO)」を受賞なさったとのこと。

露天商賞(Premio Bancarella)
イタリアで刊行された本の中から、分野を問わず翻訳書も含め、本屋たちが最も売れ行きの良い本を報告して決まる。文芸評論家も作家も記者も出版人も関わらない、本屋だけで選出する文学賞だ。1953年に生まれて以来ずっと、イタリアの<読むこと>と<書くこと>を支えてきた。(『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』より)なお、第一回の受賞作(1953年)は、ヘミングウェイの『老人と海』。

金の籠賞(GERLA D'ORO)
1952年に<露天商>賞を創設した本の行商人たちが贈る、シンボルである賞です。本を広め、守り、読むことの価値を広めてきた功績をたたえて贈られます。

方丈社のプレスリリース

 イタリア・モンテレッジォから始まる本の広まりの物語は、現代を生きる本にまつわる人々を描いた物語であった。

●考えたこと

 本書に登場する、モンテレッジォの人々やそこにルーツを持つ人々、皆が素敵な人に描かれている。途中、村やイタリアの歴史の話があり、そこでは著者自身把握するのに四苦八苦している様子が描かれるが、私自身そうした過去の話は読んでいて、大事なことだとはわかりつつも難解な箇所でもあった。それでもその脈々と続く歴史が現在のモンテレッジォ、あるいはイタリアの出版・読書文化に連なっているのだと思うと、面白く感じたし、そうした歴史を背負いながら出版や書店といった仕事を選ぶ人々は素敵だと思う。

 途中、書店主は本を読まないけれど、客にピッタリの本を勧めることができる、といった話が出てくる。家族に読ませて、おおよそを理解してしまう等も。現代の日本においても書店員とは、読んでいない本をさも読んだかのように勧める仕事、と言われる。書物に対する嗅覚や洞察力なのか、あるいは客のニーズをきちんと理解する傾聴力なのか、いずれにしても身につけたいスキルであると感じる。

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