哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2021年12月の徒然なること

■2021年12月の徒然なること

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 職場の至近で催されていた、プロジェクションマッピング等の光のイベントに行った。ロマンチックというよりは、近未来感のある作品が多く……、一人でも、寂しくないもん……!!!

TOKYOLIGHTS
場 所:明治神宮外苑
    聖徳記念絵画館
    総合球技場軟式球場
日にち:令和3年12月9日(木)~12日(日)
●2021年12月の徒然なること

 ある晩、溜まっているまにまにを片付けるのに21時45分まで残業して、さあ帰ろうと思い、ふと一件だけ気になってメールを送って、21時50分すぎに会社を後にした。頑張ったから野菜たっぷりの豚汁屋さんで、豚汁を食べて帰ろうと思い、自信たっぷりに入店してお店のおねえさんに一人です!と主張したところ、物凄く申し訳無さそうにラストオーダーの時間を過ぎてしまったので……、とお断りされて、次回入店時に使えるお会計から100円引きの券いただいた。

 店を出て見ればラストオーダーは22時、時刻は22時3分であった。半泣きで、近くにあるかつどん屋さんに行き、豚汁セットを頼んだ。

 ところで私の大好きな豚汁屋さんは、食事をすると必ず100円引きの券をくださいます。次回来店時にその券で100円引きで食事ができます(2枚は使えません、多分)。私の手元には100円引き券が2枚あります。次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださるので、私の手元の券は2枚になり、次回の食事で券を1枚使うと、私の手元の券は1枚になり、お店のおねえさんが新しい券を1枚くださ…………。

ベーシックインカムのこと

 あるところに食品会社Aとそこに勤務する上司b、部下c、無職のdがいるとする。食品会社Aはこの地での1ヶ月の生活最低ラインの食事Fを1単位100で販売している。bは1ヶ月にFを2単位、cは1単位生産可能である。bはAより毎月200、cは100の報酬を得ている。dは政府より生活保護として、100の支給を受けている。

 b、c、dはそれぞれ100を支出し、1単位のFを購入して生活している。bは毎月100の貯蓄をする。

 ここにベーシックインカムが導入されることを想定する。生活最低ラインの100を全国民に政府が支給する。この際、bは給与200+BI100で300、cは100+100で200を得る。またdは生活保護からBIに色付けが変わったのみで、収入は100のままである。

 このときb、cがこれまで通りに就労を続けたとすると、食品会社Aが生産した3単位のFを最も有効活用するためには、Fの値上げを行い、1単位200で販売することである。これにより、BI導入以前は、100×3単位で300の売上を得ていたAは、BI導入後は、200×2単位で400の売上を得て、1単位のFの余剰在庫を得ることになる。なおこのモデルにおいて、dは生活ができなくなる。

 一方でb、cが就労を辞めたとすると、AはFの生産ができずに倒産をし、b、c、dは生活ができなくなる。

 ベーシックインカムに対する、一妄想である。

■2021年の徒然なること

 さて、今年一年を振り返ってみよう、どう振り返ろうか、と思ったら 2021年1月の徒然なること に2021年の抱負等を書いていたので、それに従って振り返っていくことにする。

 唐突に、新年の抱負を考えてみたい。まず本業の仕事であるが、勤め先では多くの職員がジョブローテーションで3年ごとに異動するのが恒例であるが、3月末に現部署で丸3年となる私が異動になるかは五分五分のところである。現部署内に、年度末で昇格予定の方や、私よりも現部署が長い方などがいて、取り残される可能性も十分にあるのだ。いずれにしても、この3年間すごした部署では、あまり大きな顔触れの変更がなかった中で、この年度末は出るにせよ残るにせよ、大きな人間関係の変化が起こりそうな見込みである。

 結論として、ほぼ人間関係の変化がなかった。私の異動もなく、周囲の人間もほぼ異動がなかった。お陰でこれまでのやり方を踏襲するための苦労がなく、やりやすい反面、変化に乏しく前列遵守の悪癖が強まったように思われる。

 以前にも何度か書いたと思うが、私はなかなか仕事に馴染めなくて、やっと自信を持って仕事ができるようになったのが、現部署である。それだけにその人間関係が変わってしまうというのは、痛いのであるが、同時に越えなければいけない壁でもある。ずっと同じ環境ではいられない。精神疾患から復職した当初、人と話すことを大事にしていた。それを思い出して、またくだらない雑談でもいい、人と繋がることを意識して、年度末の出会いと別れを乗り越えたい。

 だから、大した出会いも別れもなかったって。そして異動がなかったことで、安定的な関係を継続できた相手がいた一方で、軋轢が深刻化していった相手もいる。話してもそもそもの目的が一致していない場合、コミュニケーションが取れないことを学んだ。私は営業職なのだけれど、雇用が保障され、給与体系がほぼ年功序列であり、倒産の心配が少ない場合、営業成績を上げることにインセンティブがほぼ存在しないことになる。その環境下ではある最低限の業務さえこなせば良い、と考える労働者と、業務それ自体に意味を見出した労働者とでは、そもそもの仕事に対する見方が異なるため、まともな会話が成立しないことを知った。なお、前者は仕事を手段として、後者は仕事を目的として、みなしている部分があり、それ自体どちらか良い悪いではない。

 仕事外では、昨年2020年に引き続いて、人と本にまつわる活動を行いたい。一箱古本市にも出店してみたいし、もっともっと読書会にも出てみたい。ここでもやはり、大事にしたいのは人との繋がりである。大好きな本を通して新たな友達と出会えたら素敵なことである。

 そんなわけで仕事は楽しい面も面倒な面も両方あり、その中で楽しみはプライベート、特に2021年は3月の第2回本八幡屋上古本市にはじまり、5回の古本市への出店と、1回の哲学カフェの主催を行い、新たな交友関係を得た。同時に一箱古本市という営みにどっぷりのめり込んでいる方、非常な読書家(質量ともに、私が及ぶべくもない)の方と接するに、そうした魑魅魍魎が跋扈する古本市の会場で、私に何ができるのか、少ない蔵書と知識で私が出店する意味はなんだろうと、考えてしまうこともあった。別に私が楽しければ何でもいいのだけれど。

 よりプライベートな面では、新型コロナウイルス感染症の影響があるためなんとも言えないが、機会があればできるだけ人と会うようにしたい。元々人づきあいが苦手なので、ついつい社交が億劫になってしまうが、もし事態が落着いたら、できるだけそうした社交の場に足を運ぶようにしたい。それに生活を見直したい。睡眠時間や家事等。上記の通り、祖母のこともあったので、母に任せきりにしていた家のこと等、手を出さねばならない。後は健康面、運動をする。ジョギングにヨガ、筋トレ。

 プライベートな付き合いはあまりしていない、というのが正直なところである。以前新型コロナウイルス感染症が収束したとは言い難く、他人を誘うことや大人数での会合が憚られる状況である。趣味の映画鑑賞や美術館鑑賞、舞台鑑賞もやや控えていた時期もあるが、下半期で激増したためこちらは平年並みか? 家のことについてはしょぼしょぼやってはいる。生活面では睡眠時間が理想的とは言い難く、この一年仕事が多忙となってしまったため、その分毎日の睡眠時間が少しずつ削られており、週末に寝貯めをするという悪循環になっている気がする。見直したい。運動面でも、昨年よりも運動機会がずっと減ってしまい、改善点である。ヨガやジョギングをする時間を作ること、生活の中にそうした運動を取り入れること、気にしていきたい。

 2022年は次なる一手を探す年になる。今年できていることは継続しながら、不足している部分を補う手を漠然と考える。

 なんとなく。

 ゆっくりと。

 焦らずに。

 少しずつ。

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