哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

能楽どうでしょう006「2023年5月28日 第18回山井綱雄之會」のこと

能楽どうでしょう006「2023年5月28日 第18回山井綱雄之會」のこと

聖輪寺(東京都渋谷区)の梵鐘は第二次世界大戦で供出されたが、
平成5年に約半世紀ぶりで帰ってきた!

 2023年5月28日、渋谷区千駄ヶ谷国立能楽堂で催された「第18回山井綱雄之會」を拝見したので、感想を記す。

 公演はふら~っと舞台前に登場した羽田昶武蔵野大学客員教授)による解説から始まった。この日の上演演目について、やや難解な内容であるが、なんとなく各演目の見どころとなるシーンについては理解する。

 山井綱雄による能「清経 恋ノ音取」は平重盛の三男が主人公。羽田曰く、重盛、清経ともに内向的。序盤、清経の妻が出てきたり、家臣が出てきたりするが、この辺はあまり動きがなくて面白くない。小書(特殊演出)恋ノ音取による清経の登場からがたいそう良い。笛(藤田貴寛)がにじにじと地謡(コーラス)の前に出て、橋掛リ・揚幕の方を向く。私は囃子方がこんなふうに移動する作品を他に知らない。どこか懐かしい感じのする音色の笛、揚幕は下半分が開き、そして全体が開いて清経(山井綱雄)が登場する。その後も橋掛リを笛との掛け合いで少しずつ進んでくる。笛の名手であった清経を意識した演出、舞台全体の空気感が良い。

 狂言「文蔵」は主人の伯父の家で出された珍しい食べ物の名前を思い出せない召使いが、主人の語る頼朝、石橋山の戦いのエピソードにその食べ物が出てきたと言い、主人が長い語リを披露する、というもの。主人(山本則重)の情緒たっぷりの語リに引き込まれる。その演技を引き出す相手役の召使い(山本泰太郎)の演技もキレキレで良いのだ。

 そして本日のメインはなんといっても能「道成寺」。能楽師の登竜門とされる演目で、そうしたステップになる演目を初演することを披キと呼ぶ。今回は山井綱雄の弟子である村岡聖美の「道成寺」披キ。

 能舞台にはこの曲のためだけに、屋根に滑車がついていて、そこに鐘を吊るして、曲の終盤にそれを落とす、シテ(村岡聖美)はそこに飛び込む。鐘を落とす役である鐘後見は師匠や親兄弟がつとめる。息が合わないと鐘にぶつかり大怪我をする。文字通り命がけの曲である。しかも流儀に伝わる独特の鐘入りである斜入は、普通真下から鐘に飛び入るこのシーンを、鐘の外から斜めに飛び入る演出。

 大迫力であった。真剣な眼差しで鐘を支える綱を握りしめる山井と本田芳樹、山井の腰を本田布由樹が押さえている様子から、鐘の重さが伝わる。鐘入り前の乱拍子という奇妙な足遣い、急ノ舞という非常に速い舞から、鐘入り、狂言方(山本泰太郎・若松隆)の非常にコミカルなやり取りで場内が弛緩したあと、また舞台はシリアスに戻り、鐘から出てきた村岡演じる鬼女を僧(舘田善博)らが数珠を鳴らして鎮める。見どころ満載の舞台でとても良かった。

 上演機会が多くはない「道成寺」であるが、山井・村岡と同じ金春流でまた一年以内に拝見することができる。金春円満井会特別公演(能「鶏立田」本田芳樹・能「道成寺」柏崎真由子)、開催は令和6年3月2日(土)午後1時開演。チケット売出しは令和5年11月13日(月)午前10時からだそう。こちらも楽しみである。

 

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