哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

絵画等のこと⑯ 杉本博司 本歌取り 東下り @渋谷区立松濤美術館

 ■絵画等のこと⑯


 渋谷区立松濤美術館にて開催中の「杉本博司 本歌取り 東下り」を拝見してきたので、感想を記す。

展覧会情報

会期    2023年9月16日(土)~2023年11月12日(日)
September 16, 2023-November 12, 2023
前期:9月16日(土)~10月15日(日) 後期:10月17日(火)~11月12日(日)
※会期中、一部展示替えあり

入館料    一般1,000円(800円)、大学生800円(640円)、
高校生・60歳以上500円(400円)、小中学生100円(80円)
※( )内は団体10名以上及び渋谷区民の入館料
※土・日曜日、祝休日は小中学生無料
※毎週金曜日は渋谷区民無料 
障がい者及び付添の方1名は無料
※入館料のお支払いは現金のみとなっております。

休館日    月曜日(ただし、9月18日、10月9日は開館)、9月19日(火)、10月10日(火)

特別協力:公益財団法人小田原文化財
協力:東急株式会社

杉本博司 本歌取り 東下り のこと

 そもそも本展示は既存の美術品等を本歌(和歌の修辞法の一つ。古歌を素材にとり入れて新しく作歌すること。とられた古歌を本歌という。 本歌取り(ホンカドリ)とは? 意味や使い方 - コトバンク )として、新たに命を吹き込んだ作品を生み出し、両方を並べて展示する、といった趣旨のもので、当初の本歌取り展が姫路市での開催であり、今回が渋谷区での開催であるため、東下りがくっついている、というものである。例えばシャガールの絵画から影響を受けて、文字盤にシャガール風のイラストが施された時計は、水害で色落ちし骨董のような雰囲気を帯び、さらに南北朝時代の春日厨子(檜皮葺(ひわだぶき)建築をかたどり、仏像、経巻を安置する具。 春日厨子(かすがずし)とは? 意味や使い方 - コトバンク )にはめ込まれ、左右には鏡が装着された。写真では伝わらないが、この時計の針は左回り、つまり過去に向かって進んでいる。左右の鏡を覗き込むと、時計は順行している。時間の順行と逆行の淡いを楽しむことができる作品だ。

 本展の図録をみると、杉本が能について書いており、能とは時間の流動化であると説明している。能は時間から自由だと。能の代表的な作品に、『平家物語』に描かれる源平合戦に敗れ去った平家の武将の例を主人公とするものがある。多くの作品で、現代の(いやこれは能の作品を作った、例えば世阿弥にとっての現代なので、つまり室町時代の)旅人がある史跡で土地の人に出会う。土地の人はその地で散った武将についての言い伝えを話し、そして自分こそがその武将であることをほのめかして消える。旅人がその場所で、その武将を弔っていると(多くの場合この旅人とは仏教の僧侶である)、武将の例がありし日の(つまり鎌倉時代よりも昔の)姿で現れ、勇壮な戦いの様子を見せて去っていく。その光景を現代の(本当に現代の、つまり令和の)我々が眺める。能楽堂の中には大まかにその三つの時間が流れることになり、その時間を移動する装置として、能面があるという。

 本展に絡めて考えると、本歌はどれなのだろう。武将の活躍を描いた『平家物語』であろうか。いや、あるいは実際にその源平合戦の歴史を生きた武将本人かもしれない。もちろんこれは作品の題材に着目した本歌である。能は大陸から伝わった芸能や神道での儀式等様々な要素を取り入れた芸能であるため、その全てが本歌と言える。

 本展図録の「杉本博司と『本歌取り』」(大平奈緒子(渋谷区立松濤美術館学芸員))に、デュシャンレディメイドから本歌取りを着想した杉本の「およそ人間の営みにおいて作り出される創造物において真にオリジナルであるということがあり得ようか」云々という言葉がひかれている。本展で訴えられることの一つはそれではないかと、私は感じた。つまりこの世の中に本歌取りでないものなど、ないのではないか? ということである。この世の全てが何らかのモデルがある二次創作なのではないか、そんな思いを抱えながら創作するしかないのである。

 

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