哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

映画等のこと㉑「秒速5センチメートル」

■ 映画等のこと㉑「秒速5センチメートル


Lotus Cafe(千葉県千葉市

 「君の名は。」で新海誠がアニメ監督として一躍世間に名を轟かせたのは2016年のことである。私自身は新海の最高傑作は2013年公開の「言の葉の庭」だと思っているのだけれど、ともあれ、「君の名は。」公開まで世間的な新海の代表作は、2007年に公開された「秒速5センチメートル」であったと思う。この度、新海作品のリバイバル上映にあたり、第一弾として桜前線とともに上映されている「秒速5センチメートル」を、劇場では初めて鑑賞してきたので、感想を記す。

以下、普通にネタバレします。

● 「秒速5センチメートル」のこと

 私が「秒速5センチメートル」を初めて知ったのは、大学の文学部三回生の時なので、多分公開の翌々年だったのだと思う。というか、それが新海誠を知った最初であったと思う。私が所属していたのがいわゆる文芸学科みたいなところで、授業の中で映像作品を見て感想を述べ合う、といった機会があり、その中で今オタク界隈で人気の作品として、秒速のことを知ったのだと記憶している。
 当時、今のように動画配信サービスなんてものは一般的ではなかった、というか私はそもそもスマートフォン(当時は一般的なスマホはアイフォンだけであった)も持っていなければ、パソコンは自宅にあったがまともな回線は引いていなかった(電話回線から進化させていなかった)。だから津田沼TSUTAYAでDVDを借りて観たのだと思うけれど、ともあれ作品を観て、結構感動したのは覚えている。同時期に細田守の「時をかける少女」を観ていて、その男女が簡単に惹かれ合って結ばれていく様子に違和感を覚えていたため、惹かれ合っても結ばれない新海の方が、よっぽど真実を描いているように思っていた。
 それ故に、君の名はで主人公とヒロインが再会するラストを新海が描いたことで、売れるためにはハッピーエンドを描かなければならないのかとなんだか残念に思ったし、世界を水没させてでも主人公に幸せを掴ませた天気の子に至って、大いに失望した覚えがある。(とはいえ、私の好きな言の葉の庭も、秒速に比べれば大いにハッピーエンドであるので、私自身ハッピーエンドの誘惑に抗えていない。)

 秒速5センチメートルはその副題に"A chain of short stories about their distance"とある通り、男女の距離に関する三つの短編「桜花抄」「コスモナウト」「秒速5センチメートル」の連作である。三作に共通して登場するのは遠野貴樹という男性で、それぞれ彼が小学六年生〜中学一年生頃、高校三年生頃、社会人になった二十歳代頃、が描かれている。一話目と三話目では、主に貴樹の目線で、篠原明里という女性との関係が描かれるのに対し、二話目は明里を思い続けている貴樹に恋する澄田花苗の目線で描かれるシーンが多い。
 描かれるのは、想い合っていても引き離されていく貴樹と明里の様子であり、貴樹に決して思いが届かない花苗の様子である。三話目には貴樹が心を失っていく様、明里が貴樹でない男性と結婚する様子が語られる。

 小学校の卒業と同時に東京の豪徳寺から栃木の岩舟に転校してしまった明里、貴樹もその翌年、鹿児島の種子島へ引っ越すことが決まる。それで明里のもとへ会いに行く貴樹を雪による交通障害が邪魔をする。私が中学生の頃、一人でそんなに長距離を移動したことはなかった。貴樹の不安(小田急線で新宿へ出て、大宮、小山、岩舟と乗り継ぐ。湘南新宿ラインの開業は2001年で、多分一話目は1990年代前半のお話。明里とは手紙のやり取りのみの約束で、電車の遅延を知らせるような連絡手段もない)はよくわかる。
 二話では、ガラケーに送る宛のないメールを打ち込む貴樹の様子が映し出される。そして三話目、貴樹のもとに恋人から届いたメールには、千回メールのやり取りをしても、心の距離は1センチくらいしか縮まらなかった由が記される。物理的な距離、技術的な距離、心理的な距離、それらが様々に織り込まれながら物語が展開していく。特に技術的な距離に関しては、貴樹と近い時代を生きた身として、懐かしさも感じた。

 本作の魅力はその込み入りすぎないストーリーと、そして新海ならではの圧倒的な世界の美しさである。秒速5センチメートルで落ちてゆく桜の花びらを始め、東京の町並み、栃木の自然、種子島の星空、どれも綺麗で精密、それゆえに本作をよりリアルに感じさせてくれる。何度かみている作品だけれど、先に記した通り初めて劇場で拝見して、改めて感動した。観られて良かったと思う。

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