哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

絵画等のこと㉒ 川瀬巴水 旅と郷愁の風景@八王子市夢美術館

■ 絵画等のこと㉒

 2024年6月2日まで八王子市夢美術館で開催中の「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」を拝見したので、感想を記す。

www.yumebi.com

川瀬巴水 旅と郷愁の風景 のこと

 そもそも川瀬巴水は1883年、現在の港区新橋の糸屋の跡取りとして生まれた。周囲の反対があり、画業に専念したのは家業が傾いた25歳頃と、遅い出発だったよう。
 鏑木清方の門下として美人画に取り組むが、木版画の版元である渡邊庄三郎に見出され、風景版画に軸足を移す。やがて江戸浮世絵の流れを汲む新版画の旗手として、版元の渡邊とともに脚光を浴び、国内外から高い評価を受けるように。
 1923年の関東大震災では自宅が全焼しこれまで書き溜めたスケッチを全て失い、また第二次世界大戦前から戦中は不安定な情勢と版画論争等からスランプに陥ったそうだが、戦後に至るまでの多くの作品を残し、1952年には文部省文化財保護委員会無形文化課において伝統的木版技術記録を作成して永久保存することが決定され、制作者に選ばれた巴水は翌年、無形文化財技術保存記録木版画増上寺の雪」を完成させる。1957年没、旅情詩人とも称された。
 日本美術を愛したスティーブ・ジョブズも複数の巴水作品を蒐集し、晩年まで自宅に飾っていたとか。

 私が巴水を意識したのは、2013〜2014年に千葉市美術館にて開催された「生誕130年 川瀬巴水展 —郷愁の日本風景」。その後、巴水の特集は2021年にSOMPO美術館にて「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」を拝見した他、2022年千葉市美術館「新版画 進化系UKIYO-Eの美」等でも作品を見る機会があった……? 「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」を拝見した他? はて?

 ということで、帰ってきてから気が付いたのだけれど、私、本展「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」は巡回先のSOMPO美術館と今回と二回目の鑑賞。全然気が付かなかったよー……。

 ともあれ、SOMPO美術館でのことは置いておくとして、千葉市美術館等でも見たことのある作品が多い。版画なので、千葉で見たものと全く同じものなのか、別の刷りなのかは不明、といったところ。出品リストの所蔵館を見比べれば、多少わかるはずなのだけど、そこまでやる元気はなく。

 出品リストといえば、私は気になった作品について、紙の出品リストに丸をつけたりメモを取ったりするのだけど、今回は紙のリストがなく(データ配布のみ)、仕方なくチラシの余白にセコセコと記録を残した。それと、過去の記録を見比べてみると、やはり同じ私の感想だけあり、毎回印をつけている作品も、多い。
 その中には当然『旅みやげ第一集』石積む舟(房州)(1920)のように、私の地元千葉を描いた作品だからだろうというものや、『東京十二題』こま形河岸(1919)のように、馬が描かれてるからだな、というものもあるのたけれど、そうしたモチーフ云々ではなく毎回のようにお気に入りに上げている、『東京十二題』木場の夕暮(1920)[夕空から水の青へのグラデーションが綺麗です]や『旅みやげ第二集』大坂道とん堀の朝(1921)[朝もやの青の中に差し込む朝日の白が始まっていく感があり良いです]、『日本風景選集』嶌原九十九嶋(1922)[青空と水面への反射が美しいです]、『旅みやげ第三集』出雲三保か関(1924)なんかは、作品として本当に好きなんだな、と思う。
 特に最後の、出雲三保か関を見ていて、現代の作家でいうと、新海誠だと感じた。瑞々しく透明感があり、現実よりも趣あふれる世界を描き出す様が共通していると思う。
 巴水のいくつかの作品を見ていると、降っている雨の冷たさとか、夏の暑さとか、匂いとか、音とかそうしたものを感じることがあって、それは私の妄想で、私の側で起こっていることに過ぎないのだけれど、そうした感情を呼び覚ますのが凄いと感じる。もちろん巴水に限らず、私の好きな(私は巴水と同時代の日本画が結構好きです)作品にはそうした、視覚以外の五感を揺さぶられることがあるのだけど、1920年代の巴水作品はそうした作品ばかりで、凄まじい。

 ところで作品も良かったのだけれど、1923年に巴水が渡邊庄三郎に宛てた手紙が、活字に直したキャプションを添えて出展されていて、大いに感動した。
 というのも、旅先の巴水は旅費を稼ぐために個展を開催すべく、費用や場所を援助してくれる人を探していたところ、旅先の画材屋である銀壺堂なる店で「川瀬巴水の版画をご覧にいれる催し」を開催する運びになったと。手紙では、作品が売れるかはともかく新聞社三社が取材に来てくれるから宣伝にはなるだろうとか、手元に八十五点ほど作品があるが、旅先でこうした販売会をするのであと五十点ほど送ってほしいとか、書かれていた。作家でありながら、自身と作品を宣伝し、営業活動に勤しむ巴水の様子が、なんとなく面白かった。

■ ちょっと関連

philosophie.hatenablog.comphilosophie.hatenablog.com