哲学講義

仇櫻堂日乗

【まえがき】会社勤めの傍ら、趣味で文章を書いています。私の日常での出来事や考えたことに加えて、読んだ本、鑑賞した美術などの展示、コンサートや能楽公演の感想、それに小説などの作文を載せます。PC表示ですとサイドバーに、スマホ表示ですと、おそらくフッターに、検索窓やカテゴリー一覧(目次)が表示されますので、そちらからご関心のある記事を読んでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2021年7月の読書のこと「行った気になる世界遺産」

■行った気になる世界遺産鈴木亮平/ワニブックス)のこと

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千葉県千葉市

 はじめに、「この旅行記はフィクションです」と記されている通り、実在する世界遺産を、俳優の鈴木亮平さんが妄想して旅行したもの。雑誌「プラスアクト」の連載を2020年9月に刊行したものであるため、連載開始当初はそういった意図はなかったのだと思うが、刊行された時点では、「おわりに」で鈴木さんご自身が記されている通り、新型コロナウイルス感染症により海外旅行はおろか、国内での外出でさえ憚られるご時世に。時代に合った内容であるのかもしれない。ところで本の構成として、各章の題字のページが真っ黒に白抜きの文字で、隣のページから本文が始まるのだけれど、背景の黒が反対のページに色移りしてしまっていて、いかがなものかと感じた。三十の世界遺産すべてに、カラー(見開き)のイラストを描かれていて、白黒のスケッチによるカットも各章で数点ずつ、その場がイメージしやすい。

 特に印象に残ったのは、ワルシャワ旧市街(ポーランド)や、ドレスデンエルベ渓谷(ドイツ)。ワルシャワドレスデンは戦争で粉々に破壊された街並みを、元通りに復元したのだという。日本でいえば、京都を壊されるようなものだという。そんな中、元のものを作り直したという現地の人々の力に感銘を受けた。なお、ドレスデンエルベ渓谷は、エルベ川に近代的な橋をかけたことで、史上二例目となるそうだが、世界遺産からは外されている。そのままの形を保つことだけが伝統でない、というのは大層参考になる視点である。また、ポーランドではもう一つ、古都ホイアンについてのあとがきの中で、タイのコムローイと並んでポズナンの聖ヨハネ祭が、ランタン祭りとして挙げられていて、興味を持った。

 もう一つ、本書では妄想の中で旅をしているパルミラ遺跡(シリア)の多くは、長引く内戦の中ですでに失われており、妄想の旅でガイドをするミスター・パルミラのモデルもすでにISによって惨殺されている、とのこと。他に気になったのはユングフラウヨッホ駅(スイス)、シバーム(イエメン)、アツィナナナの雨林(マダガスカル)、セレンゲティ国立公園(タンザニア)、そして、サーミ人地域(スウェーデン)である。

  なお、気になった世界遺産のうちのいくつかについて、以下の通り実際を記す。

行った気になる世界遺産

行った気になる世界遺産

  • 作者:鈴木 亮平
  • 発売日: 2020/09/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
ワルシャワ旧市街(ポーランド

 1980年に世界遺産に登録されたポーランドワルシャワ旧市街。その美しい佇まいは、第二次世界大戦後に17~18世紀の町並みを忠実に復元したものだそうで、再建された市街が世界遺産に登録されたのは世界初とのこと。

 何故、ワルシャワ旧市街は復元されねばならなかったのかということだが、1939年にナチス・ドイツが侵攻し、第二次世界大戦が勃発。徹底攻撃によってワルシャワの8割以上が破壊され、旧市街にいたってはほとんどが瓦礫と化してしまったからだそう。戦後に市民たちが町並みの復元に立ち上がり、18世紀の画家の風景画や、戦前に建築科の学生たちが残していた建物の精密なスケッチを手がかりに、もともと使用されていた煉瓦は可能な限り再利用し、破片さえも元の場所にはめ込むなど、それは「レンガのひび割れ一つに至るまで」と形容されるほど丹念な修復を行ったそうである。

 調べていると、こうした復元された街を世界遺産にしてよいのか、という疑問は当然に上がったそうであるが、復元されたという歴史があるからこそ、世界遺産登録に値する、というような意見があり、ハッとした。何というか、国も街も、きっと人も、悲しい歴史や記憶があるからこそ、そのものであり、そしてある種の価値というか、かけがえのなさが生まれることってあると思う。もちろんワルシャワにとって破壊された歴史はなかった方がよかったことであることだけれど、そこからの復元は破壊される以前を上回る魅力をワルシャワに与えたと思う。もちろん、そこで失われた人の命等、戻ってこないものがあるから、当然、そんな破壊などないほうがいいのは事実だけれど……。

●アツィナナナの雨林(マダガスカル

 マダガスカル島東部の6つの国立公園にまたがる森林だそうで、キツネザルをはじめとした絶滅危惧種の生息や生物多様性が評価されて、2007年に登録されたそうである。

 ところでキツネザルとは何者だろうか。

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ワオキツネザルWikipedia より引用)

 ビジュアル的には上のような姿である。霊長目キツネザル科には他にも数種のキツネザルが含まれているが、取り急ぎマダガスカルの国獣にも指定されている、ワオキツネザルについて調べてみると、メスの方がはっきりとした階級制度を有しオスの方が不明瞭である点、ただしオスよりはメスの方が優位であり、食べ物を奪ったりする点や、縄張り争いをするのは常にメスの方である点等、明確に性差があるそうで、おもしろく感じた。歴史的に見て、ホモ・サピエンス・サピエンスのオスが領土争いをしがちであることと対照的で、種が違えばこういう違いがあるのだなと、勉強になる。

サーミ人地域(スウェーデン

 「サーメ人地域」「ラップ人地域」あるいは「ラポニア地域」と呼ばれる。いずれにせよ、サーミ人の伝統的な生活様式が残る場所として、1996年に複合遺産として登録されたものである。

 サーミ人というと、私は映画「サーミの血」で描かれていた記憶があって(ただし、その詳細はよく覚えていないのだが……)、たしか主人公はサーミ人の女性、差別に耐えながら、出自を隠してスウェーデン人に同化しようとする話であった気がする。

 彼らはスカンジナビア半島北部等で、トナカイを飼って暮らしている北欧の先住民族である。コルトと言われる色彩豊かな民族衣装を着て、ヌツッカートと言われるトナカイの皮のつま先がくるんとした個性的な靴を履く。彼らの手工芸品はドゥオッチと呼ばれ、また有名なものだと、ククサ(白樺の木のこぶから作られたカップでこれを贈られると幸せになる、とされる)も彼らの文化だそうだ。

 一言に他民族がとか、差別がとか、そんなことは言えない。そうした問題を提起するためには、私には知識が不足しすぎている。しかし、民族問題がどうの以前に、等しく人類が平等に生活することを、強く願う。まあ、何が平等かも、よくわからないのだけれど……。 

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